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kpinkcat(モモネコ)

Author: kpinkcat(モモネコ)

2009年1月からジョギングを開始するも、
数か月すると走らなくなる。
3年ごとにブームが訪れ、今回3度目。
2015年に過去最大重量を記録した
のをきっかけに再び走り始める。
今度こそ、過去最速を目指したい。
自分を取り戻す旅。。。

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写真を撮り終わるとすぐさま下山に向かった。
その前に、スタッフらしき人に声をかけた。
たしか大岳山には水場があったはずなんだけど。

私「あの~すみません。ここから水場って、あとどれくらいですか?」
ス「ここからあと3kmくらいですかね。」

ん?!一瞬、自分の耳を疑った。
あれれ、この近くに水場があるって話じゃなかったの?
まあ、そんなことをスタッフの方に問いただしても意味はないので、
現実的な話を聞いてみた。きっと彼が言うのは
綾広の滝近くの水場の事だろう、と思った。

私「その水場って、走っていたらすぐわかりますか?」
ス「あ、はい。コース上にあるからすぐわかると思いますよ。
  みんなそこで水を補給するので、並んでいると思いますから。」
私「ありがとうございました。」

とりあえず、3km先には確実にわかりそうな場所に水場がある事は確認できた。
あとで分かった事なのだが、大岳山山荘近くに水場があるそうだ。
コース上に山荘跡地があるが、あの周辺なのだろうか。
その水場情報を探そうとしても確実な情報は得られなかった。
(まさか、今はその水場はない、とかいう落ちじゃないですよね?)

さて、下山だ。大岳山の下山もかなり急だったので、それなりに苦労した。
いや、もうあと18kmなんだから、兎に角ゆっくりやり過ごせばなんとかなるさ、
と開き直っていた。痛みは強かったが、何とかなる程度で収まってくれていた。
下山途中で大岳神社が出てきて後ろの選手が綱を引いて鈴を鳴らしたり、
廃屋(大岳山山荘)が見えたり、鉄階段が見えたりと
辺りが明るくなってきて景色に楽しみが出てきた。
こういった楽しい景色が夜明けの力の絶大さなのかな、と思った。

鉄階段の岩場を抜けると次第に走れるトレイルとなってきた。
辺りも随分明るくなり、足の痛みがあったがゆっくりと走って下った。
しばらくすると右前方に小屋らしきものが見えた。
小屋の近くには川を渡る分岐があり、対岸には道が見えた。
小屋の中に水なんてないよな、この辺なのかな、と中を覗いたが、
そこには机と丸木の椅子があるだけで、ちょっとした休憩所のようだった。
そしてその小屋の少し先に進むと選手の姿が3人くらいみえた。
もしや、と思い近づくとそこには待望の水場があった。

「きたきたきたきたっ!!」
水を見つけてこんなにうれしかったこともなかった。綾広の滝の水場だ。
ボトルに入っている残り100mL程のポカリを飲み干しながら、
水汲みの順番を待ち、とりあえずボトルに水をなみなみ汲んだ。
それを一気に飲み干すともう一度水を汲んだ。
それを半分飲み終わった頃にようやく満足した。
一気に700mLくらいは飲んだと思う。
それから両脇のボトルに水を汲み再び1Lの水を手にした。
あと15kmくらいなのでこんなに水が要るのかも分からなかったが、
兎に角安心は必要だとおもった。高々1kg重くなることなんてどうでもよかった。
「なんだかんだ言っても水だ。水がすべてと言ってもいいくらいだ。」
という脳内フレーズがここでも何度も繰り返されていた。

水場を過ぎた辺りからトレイルの幅はグッと広くなり、
足を躓いたりするような場所はほぼ皆無となってきた。
朝日のおかげで見渡しも良く、安心して走れるようになってきた。

3CP 御岳山長尾平 58.0km 17時間40分台

第三関門で休んでいる人もいたようだが、声援を受けながらそのまま直進した。
所々登りもあったが全部走れたと思う。
しばらくすると御岳神社に着き、階段は素通りした後、直進して舗装道路を下った。
この舗装道路の下り勾配がなんとも言えないくらいきつく感じた。
アスファルトの硬さを思い知った瞬間だった。
右手には鳥居前のハセツネ最後の水場が現れ、2人ほど選手が水の補給をしていた。
ボトルの一方はもうすでに空になっていたので、
本当に必要ないかもな、と思いながら再びボトルを満タンにした。
もうこれできっと大丈夫だ、と思った。

水を汲み終わると、選手が左手の方に行く姿がみえたのでついて行った。
すると、スタッフの方が、コースは右ですよ、と言うものだから、
左の方には何があるのですか、と尋ねた。
ああ、左はトイレです、というので迷わずトイレに行ってきます、と
笑って左に進んだ。
通りの店はまだ全て閉まっていたが、感じのいい商店街だな、
と思いながら駆け抜けた。

しばらくコンクリートの道を右往左往したが、再びトレイルに入った。
日出山への登りも順調にこなし、最後の頂きに到着した。

日出山 60.6km 18時間26分
日出山1
日出山ではスタッフの方が声をかけて下さり、
記念に写真を一枚とってくれた。眼下から遠くに見える東京のビル群が
異次元の世界のもののように見えた。
日出山2
山の中で1日を過ごし、帰ってきた。
ああ、生きているんだな、と改めて思った。

日出山を降りる階段も随分長くて、それはそれできつかったが、
いよいよゴール間近という事もあり、
「そろそろかな」と思い始めて足を使うことにした。
段差が急な所以外はカニ歩きはやめ、一段一歩で下り始めた。
大腿は悲鳴を上げそうになっていたが、それでもなんとかやり過ごせそうな感じだった。

金毘羅尾根も走り続けた。走ってはいるけどとても遅かった。
多分キロ8~9分くらいのものすごく遅いペースだったと思う。
大岳山を過ぎてからというもの、ほとんど前のランナーを追い抜いた記憶はなかった。
ストックを持った人たちが、颯爽と私を追い抜いていった。
余りにもみんな簡単に抜いていくので少々理不尽な気持ちになった。
「ちょっとコレおかしいんじゃない?」
20時間くらいで来る人は私みたいに足が終わっているからこそ20時間なのであり、
そもそもなんでこんな時間帯にキロ6分くらいのペースで
サクサク下りていけるのだろうかと疑問で仕方がなかった。
みんなそれくらい軽々走って追い抜いていったのだ。

あ、そうか。そうなのか。
私を簡単に追い抜いていくあの人たちはきっと。。。




絶対あんたらどこかで寝とったでしょ~~('Д')

まあ、そういう風に思い込むことで自分の気持ちの平静を
なんとか保とうとしていた。
「これがレースじゃなければ、絶対走らないな。
 こんなに足が痛い状態で走るのはいつ以来だろう。
 もう全然だめなんだけど、こんな足でも走りたい、ってどういうことなのかな。
 チャレさんのいう、魂ってこれかな?、いや魂の走りって、もっときっと
 きつくて歯を食いしばるようにして、
 足がちぎれそうになるまで走るのだろうな」
そんなことも思ってみた。
足がちぎれそうな感じになるまで走れないのは
うん、明日仕事あるし、とかそんな邪念が全くなかったわけではなかった。

眼下に民家が見えた。アスファルトの道に出てきた。
ああ、もうすぐゴールなんだな。
応援されている人がちらほら現れてきた。
左折するところであと500mとかあと300mとか残りの距離を教えてくれた。
最後の曲がり角を右に曲がるととうとうフィニッシュラインが見えた。
嬉しかった。タイムは求めずゴールする事だけが目標のレースだったけど、
丸一日山の中で過ごせた非日常はこんなにも現実をきらびやかに映してくれるのか
と感じた。人々の笑顔が温かく、すがすがしい思いでゴールした。

ゴール 20時間3*分

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ゴール後完走証をもらい、だんべえ汁を頂き、
ずっと飲みたかったコーラを堪能してから体育館に戻りました。
だんべえ汁

本当は温泉につかってから帰りたかったのですが、
帰りの飛行機の時間も気になっていたので、
軽く汗を拭いて着替えた後、帰路に着きました。
体育館のどこかにきっとR2さんが確保されたスペースが
あるのだろうな、というのが気になりました。
できれば最後までゴールを見届けたかったのですが、
飛行機の都合上それもできなくて、心を残して帰ってきました。
次参加するときは、十分時間に余裕を見て旅行計画を立てようと思います。
アレキさん、R2さん、hideさん、レイさん、riverさん有難うございました。
また会える日を楽しみにしています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
初めてのハセツネ挑戦が終わりました。
無事帰ってこれた事に感謝しています。
スタッフの方々、沿道で声援を送って下さった方々にお礼申し上げます。
最後に、道中の記憶があまりにも不鮮明だったため、
このレポを書く際には 2015攻略マップさんハセツネ攻略マップ2016さん
動画を大いに参考にさせてもらいました。
この場を借りて深くお礼申し上げます。

感動できるドラマがいっぱい↓
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月夜見駐車場を後にするとまたもや下りから始まった。
段差のあるところは当然のようにカニ歩きになるのだが、
だんだん体軸が右側へ右側へずれるようになってきた。
大腿前面が元気なら1段1歩ずつまっすぐ降りられる。
そこが痛くなってくると、痛みを和らげるため、
1段2歩のカニ歩きになるのだが、痛みが増すにつれ
次第に後ろの筋肉を使おうとし、月夜見後の下りでは
ほぼ進行方向に対して直角を向くような格好で下った。
その下りで一瞬左膝にピリっと激痛が走った。
この痛みは紛れもなく、6年前に経験した腸脛靭帯炎の痛みと
酷似していた。
「うは、ヤベェ。これ以上捻ると故障してしまう。」
腸脛靭帯炎の痛みは半月板を損傷したのではないか、
と疑ってしまうほどの鋭い痛みだ。鈍痛でないこの類の痛みは
決して無視してはいけない、と思う。
カニ歩きする為に左ひざは進行方向に対して、
0度と90度を何度も行き来するので、左外側の筋肉を酷使してしまうのだ。
対処としては、カニ歩きを始めたらずっと右側を
向きながら下りればいいのだ。スピードは落ちるが、
左膝を回外して故障リスクを高めるよりは、
安全策を採る方が賢明だった。とにかく今日の目標は完走だ。
確実にその目標を達成できる対処法を採ったつもりだった。
そのため、後ろから相変わらずストックを持った人たちが
雪崩のように落ちてきて、私を抜き去るとまたすぐに見えなくなっていった。

左膝も心配だったが、この頃には右足のくるぶしの上部辺りが
だんだん強く痛み出した。平地と登りは問題なかったが、
緩い走れる下りでも右足は痛むようになった。右足を背屈するときに
その筋を使う。一回右足をグネっていたので、その炎症が
じわじわ拡大しているようだった。
両大腿四頭筋と右足の痛み。これさえ労われば完走できると信じて、
出来るだけ負担が無いように走った。

御前山への登りはよく覚えていない。例のように前の人に追従して、
譲ってもらえばその前を行くし、そうでなければ、前の人の2mくらい
後を歩き、登りでも息が整っていたら広い場所で追い抜くような進行だった。
ほとんどの人は2mくらい近づくと、道を譲ってくれた。
相変わらず上手に木にもたれ掛かりながら休憩している人は多くいた。
時折、叢の中からガサガサと物音が聞こえたが、その音の主は
野生生物ではなく全てがヒトだった。

御前山 46.6km 13時間56分

御前山には多くの人がおり、休んでいる人もいたが、
私は写真も撮らずに素通りした。すぐ下山に向かった。
下山する前にスタッフの人に一つだけ確認した。

私「あの~すみません。この先の水場ってあとどれくらいですか?」
ス「この先の最寄りの水場は大岳山、約8km。」
スタッフの方は周りのランナーに聞こえるような大きな声で、
バナナのたたき売りをするかのような口調でそう教えてくれた。
(もちろん私はバナナのたたき売り現場なんて見たことはない)
そかそか、やっぱ大岳山に水場あるんだな、と安心した。

御前山を下ろうと登山口へ向かった。
その先の光景に愕然とした。
「マジか!なんじゃこりゃ!」
下りがツライ私にとっては、見たくもない光景だった。
下り直後から段差のある階段がこれでもか、
というくらい並んでいたからだ。意気消沈していても何も始まらないので、
トボトボと下り始めるのだが、カニ歩きでも1歩1歩に衝撃が重なる。

「ハセツネって。。。

大腿四頭筋クラッシャーかよ!」

今までの下りでも難儀していたのに、ここの坂と言ったらなかった。
下れども下れどもこれでもかというくらい下りが続いた。
階段が終わっても、九十九折の下りで、その傾斜も結構あった。
やや傾斜のある下りでは右足の痛みにも響いてきた。
ハセツネコースを初めて通る私にとって、
この下りがいつまで続くのか分からなかったが、
レース後半は下り基調なので、当然この先もこのような下りが
度々現れることを想像すると、うんざりするのだった。
でも、ネガティブな思考は一瞬に消え、
一つ一つ前に進めば絶対ゴールにたどり着くのだから、
と足を持たせることだけを考えて前進することを考えた。

長い下りの途中では、私の後ろに何人もの人の列が出来るので、
適宜安全な場所で後ろの人達に先に行ってもらった。
何人に先行してもらったのだろうか、いつもの具合で
「あ、お先にどうぞ。」
と下りで道を譲ったのだが、その人は先に行こうとしなかった。

男 「あの~、実はヘッドライトの電池が切れてしまって・・
   私も先を急がないので、ついて行ってもいいですか?」
私 「あ、そういうことですか。。。」

後に付かれるプレッシャーを感じて、急いだ末にケガをしたくなかったから
道はすぐに譲っていたのだが、そういう事情なら気にすることもないか、と
その男の人の前を先行した。

「またすぐに人が大勢やってきて、そうしたら後ろの人もあとからやって来る
人達について行けるだろうな。」
と思いながらそのまま下ることにした。
5分もしないうちに、3人くらいの隊列がやってきた。道幅が狭く、
追い抜いてもらうにも具合が悪かったので、
2, 3分そのまま先行して安全なところで道脇に寄った。
「あ、足が痛いので先に行ってください。」
電池が切れた男の人にそう伝えると、一瞬困ったような表情をしたが、
状況を理解して下さったみたいで、後ろの3人を先に行かせ、その後にまた
光を頼ってついて行かれた。
その光景を見送るが、まだまだ下りは続くようだった。
九十九折りの下りでは、先行するライトが遠くの方で右に左に行く様子が窺われ、
はるか遠くにその光は次第に見えなくなっていった。
その光を見送りつつも、私のカニ歩きはいつまでも続いた。

途中、多少の登りもあって束の間の休息となったが、
ひたすらの下りが終わってやっと大ダワに到着した。

大ダワ 49.7km 15時間18分

大ダワでは左側に係員専用らしきテントがあり、舗装道路にはブルーシートが
敷いてあった。ここにも疲れを癒すために数人が仰向けで寝転んでいた。
「ほうほう、ここがかの有名な大ダワか。。」
大ダワという響きが珍しく、リタイアポイントとして
毎回アレキさんが紹介してくれるものだから、この地名は脳裏に焼き付いていた。

ブルーシートに吸い込まれそうになったが、思いとどまり、
余裕のない下りでは補給をすっかり忘れていたので、
ジェルを1本流し込んで先を急いだ。
今日は何本もジェルを使用しているが、普段こんなに甘ったるい物を
食べることはない。その甘い液体が奥歯にしみる度に、ポカリで薄めて
親知らずの痛みを軽減させた。

さて、ここからは再び登りだ。安定の登りだ。もう下りなんてまっぴらだ、
と思っていたので登りがうれしくて仕方なかった。
まさか登りをこんなに待ち遠しく感じる日が来るなんて
今まで想像もしなかった。

相変わらず登りの足は順調だった。すぐに前に追いつきどんどん抜ける。
下りで抜かれっぱなしだったのを晴らすかのように、
サクサクと登り続けた。
下りではほとんど水は飲まなかったが、登りでは水が欲しくなった。
御前山で残り500mLとなっていた水はその時残り300mLくらいに減っていた。
気温も下がり、水を飲むペースは下がっていたが、
やはり手元に残りが少なくなっていくのは心細かった。

けれど、もうすぐ水場もあるようだし、
水場に着いたら思いっきり飲んでやろう、
と思っていた。

しまったな、自然水だものな。
歯にしみるけどBCAA+クエン酸のやつ持って来ればよかったかな。
ポカリは1L用だから扱いにくいんだよね。
ムサシって500mL用だけど高いよな。近くに売ってないし。
おまけに味がダメだと書いてあるブログもあるし、
本当のところはどんな味がするのかな、
などなど飲み物に対する関心はいつまでも続いていると
上の方からスタッフの方が頂上を知らせる大きな声を出していた。
大岳山に到着したのだ。

大岳山 53.7km 16時間27分
大岳山
頂上についてようやくもうすぐ夜明けが来ることを知った。
辺りの景色は薄っすら色づき始め、闇はだんだん消えていきそうになっていた。

「アレキさん、見てるよ。朝が来たよ。俺、これ見に来たんだよ。
お日様の光がこれからどんどん強くなって、
そして凄いエネルギーをくれるんだよね?!」

多分、すこし笑みがこぼれていたと思う。うれしくなって写真を撮ってみた。
大岳-2
普段、珍しい観光地に行っても、あまり写真を撮りたいなんて思わないのだが、
この時ばかりはうっすら浮かぶ山々がとても美しい物に見えた。

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下りの辛さに喘ぎながらなんとか鞘口峠まで下りてきた。
ここからしばらくはまた平坦と登り主体で少し安堵する。
相変わらず緩めのペースで走っても自然と前に追いつき、
登りでは道を譲ってくれる人が多かった。
ボトルのポカリは大切に飲んでいたが、
残りがじわじわ減ってきていることに変わりはなかった。
本当に、今まで生きていて水の事をこんなにも考えた日はなかった。
明けても暮れても水の事ばかり考えていた。(ずっと夜だったけど。。)
月夜見に着いたら少しぐらい多目に水を飲んでもいいよね?、
と思いながらそれだけを楽しみに夜の山道を進んだ。

三頭山の手前くらいから、何度も同じ人の近くを走る事となった。
たいていランナーの顔は見てもいないし、
夜だからそれ程姿形から特徴をチェックしている訳ではなかったが、
ひっきりなしに咳をしながらダブルストックで
追いついてくる男の人がいた。かれこれ3回くらい先に
行ってもらっているのに、何故か彼はまた私の後ろからやってきて
コホン、コホンとやりだすのだ。その度に私は道を譲った。
山頂などでほとんど休憩を取らなかったので、
その度に追い抜いていたのだろうか。
それにしても、咳が気になった。肺の奥深くから出るような咳なので、
きっと性質の悪い咳に決まっている、と思っていた。
2度目もスルーしたが、3度目はどうしようもなく気になって声をかけた。
いや、余計なお世話だとは私も思ったのだが、
どうしても一言言わずにはいられなかったのだ。

私「あの~、その咳いつごろからなんですか?」
男「ああ、これ癖みたいなもので、咳をしてしまうのですよ。」
私「でも、随分長いのでしょ?」
男「あ、はい。ちょっとだけ痰がでるくらいで、そんなに酷くはないのですけど。」
男は20代後半くらいで私よりもずっと若い痩せ形の体型をしていた。
私「でも、痰がでてるのでしょ?長い間。」
男「まあ、そうですね。」
男はさわやかな笑顔でそう答えた。
私「痰が続いているので、レースが終わったら本当に呼吸器内科で
  一回見てもらった方がいいですよ。」
男「行かなきゃ、とは思っていたのですけどね。わかりました。」
私「うん、わかってはいるとは思うのですけどね。絶対に行ってくださいね。」
男「はい。」
彼は嫌な顔をすることなくそういってくれた。本当に余計な事なんだが、
他人に言われると、やっぱ病院に行かなきゃな、と思うのが人である。
恐らく単身者で、病院に行かなくてもなんとかやり過ごせていたので、
そのまま様子を見ていたのだと思う。でも、2週間様子見て治らない奴は
その後どれだけ様子見ても自然治癒力だけでよくなる事はあまりない。
随分と長い経過を辿ってしまうこともあるので、余計な口を出してみた。
きちんと対処してくれていたらいいな、と願うばかりである。
オヤジの小言を聞かせてすまぬ、と思いつつもそうこうするうちに
月夜見駐車場に到着した。

2CP 月夜見駐車場 42.1km 12時間00分台
月夜見
煌々と照りつける電照にホット息をついた。
もちろん最優先は水の補給なのだ。給水は6か所くらいに分かれていたが、
丁度お姉さんが、こちらで給水できます、と大きな声を出してくれていたので、
そのテーブルの前に近寄った。
私「ポカリを1Lと水を500mLってできますか?」
姉「はい、大丈夫ですよ。」
私「ポカリはこのボトルに入れてもらえますか?」
姉「はい、わかりました。500mLずつくらいでいいですか。」
私「あ、はい。お願いします。あと、水はハイドレの方に。。」
姉「水はこちらですね。」、とハイドレに水を入れてくれた。
500mLだとこの線くらいまでですが、よろしいでしょうか?
とわざわざ確認しながらいれてくれた。目分量なので、
少しでも多く欲しい人はクレームでもつけることがあるのだろうか、
と思いながら、はい、お願いします、と入れてもらった。
私「ここは何時までなんですか?」
姉「ここは4時までなんですけど、いろいろ片づけとか入れると
  だいたい5時くらいですね。」
私「そうなんですか。大変ですね。ありがとうございます。頑張ってくださいね。」
姉「はい。完走頑張ってくださいね。」
とにこやかに見送ってくれた。美人で優しそうな人だった。

月夜見でやりたいことは4つあった。水の補給、ヘッドライトの電池交換、
クリームパンの残り3つを平らげること、そして最後の
アミノバイタルのジェルを補給することだった。
青いビニールシートの上で仰向けに寝ている人が多かった。
トイレに行ったのち、適当に空いている場所に座ると
落ち着くまでハイドレの水を飲み、喉を潤した。
それから最後の固形物クリームパンを食べ、また水を満足するまで飲んだ。
水代わりのジェルを流し込み、残りの補給があとだいたい7個くらいか、
あとはあんまりないのだな、と思いながら出発しようとザックを背負った。
そして、行くぞと思い、ハイドレの水を飲もうとしたとき、
もうそこには水はなかった。
「なぬ?!!もうハイドレの水500mLを飲んでしまったのか!」
三頭山からポカリをチビチビやっていたので、随分喉が渇いていたらしかった。
思いのほか水を飲んでいた。
「うはぁ、残りポカリ1Lだけで次の水場まで持たせないといけないのか。」
っていうか、次の水場っていったいどこだ?」
月夜見の後には確か水場は3か所あって、距離はそれ程遠くないから
なんとかなる、というような適当なチェックしかしていなかった。
その場で水場の確認をした。どうやら大岳山付近にあるらしかった。
「大岳山まで12kmくらいか。でも、さっきまでも700mLで10kmくらい持ったし、
なんとかなるんじゃないかな。でも節約モードだな。」
そんな感じで月夜見を後にすることになった。
煌々と照らされた駐車場の片隅には、闇へと続く登山道が示されていた。
「よし、あと30km。10時間かからないはず。」
そう思い、暗闇にまた消えていくのであった。

月夜見 OUT 12時間27分

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浅間峠を出た後は渋滞はほぼ解消されていた。
トレイルの幅は少し広くなり、
崖らしい崖も少なく走りやすかった。
細かなアップダウンがありながらも
登り基調ではあったが、今までと比べたら
とても走りやすかった。
平坦と下りは走り、登りも走れるところが多かった。
相変わらず、積極的に前を追い抜いていくことは
しなかったが、楽なペースで進んでいると
前に追いつき、多くの人は急登で道を譲ってくれた。
ここの区間はおおむね 13-15分/kmで進めたようだ。

私はハンドライトは持たず、ヘッドライトのみ使用していた。
私は良く転ぶので片手が塞がるリスクを取るのが嫌だったからだ。
また、ヘッドライトの光束は最大350ルーメンだったので、
その光だけで普段は走行には全く問題なかった。
ハセツネではよくガスが出る事が多いと聞いていた。
フォグランプのようにライトに黄色いセロハンを貼ると
光の透過が良くなりガスが出ていても視界を確保できるようだ。
黄色いセロハンを買い求めるべきだったが、
忙しさにかまけて対策しないままだった。
この日もガスが良く出た。ほとんどは霧の中の走行だった。
時折、ガスが消え視界が開けると、こんなにも見通しが良くなるのか、
と随分感心したものだった。

周りにはダブルストックを使用する人が多かったが、
私はストックを持っていなかった。
登りに関していえばストックの優位性はそれほどでもないのかな、
という印象だった。

西原峠 32.2km 9時間7分

西原峠でとうとうハイドレの水が無くなった。
残りは両脇のボトルのポカリが800mL残るのみとなった。
月夜見まで3時間くらいか、途中で水が尽きるかもな、と感じた。

さて、ここから三頭山への急登だ。三頭山が丁度ハセツネコースの
中間地点なので、そこまで行けば完走が見えてくるかな、
と思っていた。激しい登りだったという印象はあったが、
実はこの区間、よく覚えていない。
登りの足は快調で、普通に歩いているだけでも、次々と
前に追いついた。皆疲れていたのだろうか、後ろに付くと
すぐに道を譲ってくれるので、またすぐに前の人を目標に
歩くことになった。ある意味休む暇がないので、
大変だったのかもしれない。
山道の脇には多くの人が木にもたれ掛かり休んでいた。
完全に横になって眠っている人も多くいた。
みんなうまい事寝るものだなぁ、と感心しながら登った。

途中、避難小屋前で、あと100mですよ~、頑張ってください、
と言われた。一旦下ってまた登り返すのだが、
100m経っても全然頂上が見える気配がなかった。
「なんだ、100mっていうのは水平距離じゃなくて、
高度が100mってことなのか」と途中で理解した。
何も知らない、っていうのはある意味幸せだ、と思った(笑)。

三頭山 36.3km 10時間12分
三頭山
三頭山に着いた辺りでとうとう片方のボトルのポカリが無くなった。
残りは600mL弱程度残るのみとなった。
次第に気温が下がってきており、飲水量はだんだん減っては来ていたが、
月夜見まで残り6km、約2時間近くある事を考えると、
水はギリギリなんだな、大切にしないと、と思った。

写真を撮りジェルを1本摂取した後、すぐさま下山を開始した。
下りは階段状に整備されていたが、段差が大きいので
例のカニ歩きを始めた。いつも左足から降りていたが、
右足からでも降りれるかな、と試したところ、
足がちぐはぐに動き、とても安全に下りれる状態ではなかった。
右足の不器用さもあったが、どうやら右足の前脛骨筋腱を痛めてるみたいだった。
そういえば、途中右足をグネったっけ、あの時痛めたのかな、と思った。
一段一段カニ歩きで降りるが、とてつもなく遅かった。
登りは快調だったのに、下りに入ったとたん、
自分の下りの足が随分ヤバイことに気がついた。

普段ロードをジョグしているときも、
下りに不安があり、体軸を低く抑えて衝撃が来ないように走っていた。
私の大腿四頭筋はまだまだ発展途上で、
いまの体重を下りで支えるには全く不十分だったのである。
「ありゃ、りゃ、コレヤバイやつなんじゃない?」
とにかく一段一段下りるのにも筋痛が酷かった。
これ以上ダメージが蓄積していくと完走も危ういので、
出来る限り衝撃を和らげるように下って行った。

ダブルストックの人達は私の遅さをあざ笑うかのように、
高速で追い抜き、すぐに見えなくなってしまった。
後からどんどん速い人たちがやってきた。
そのどれもがダブルストックの人達だった。
足場の悪い下りでも、長めのストックを前方について、
ストックにもたれ掛かるようにしながら衝撃を吸収して
どんどん下って行った。

「うはぁ、なんだアレ!かないっこないような使い方じゃん。」
アレキさんやR2さんは少しでも楽をするため、
走れる人はストックは邪魔だからいらないよ、
とは言ってたものの、それはきっと12時間を切るレベルのことで
それ以上時間がかかる人には下りでのダブルストックは
絶大な威力を発揮するようにしか思えなかった。
これは、ストックの使い方も今後覚えて、
次回ハセツネに出るときは絶対ストック使用だな、と心に刻んだ。

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醍醐丸を過ぎてからは完全に夜間走行となった。
登りの後は当然の様に下りとなるが、
苦手な登山道の階段が出てきた。
段差が大きいところは膝に衝撃が来るので、
出来るだけ衝撃がソフトになるように
スピードを殺してカニ歩きしだした。
もっと大腿四頭筋が鍛えられていれば、
この急な坂も駆け下りて、ヒャッホーな感じに
なるのかな、と想像してみたがどうやらそれは
大分先の物語になりそうだった。

多分、醍醐丸と浅間峠の区間だったと思う。
突如、渋滞となって皆が立ち止まっていた。
そして一向に進む気配がない。
ゆっくり動き出したので何事か、と思いのぞき込んでみると
どうやら人が滑り落ちて登ってこれない、というのだ。
下を覗いた訳ではなかったが、
明らかに人が道具なしで簡単に登れるような傾斜では
無いことははっきりしていた。
下から助けを求める声がするわけではないが、
崖っぷちに心配そうに下を覗きこむ人達がいた。
その中にはマーシャルの方もいたようだ。
すると、後ろの方から声がした。

A「ああ、**さん、どうしたんですか?」
B「いやあ、一人落ちてしまったみたいなんだよ。」
A「え?!マジですか?」
B「ねえ、誰か本部に連絡してくれないかな。」
A「あ、はい。俺、連絡しますよ。」
B「携帯の電波つながらないから、電波の届くところまで
 行ってくれるかな。」
A「わかりました、行ってきますね。」

C「え~、みなさん、止まってると後ろがつっかえるので、
 先に行ける人は行ってもらっていいですかね~」

その一声で、隊列は再び動き出した。
滑落した場所というのはそれほど危なそうな場所ではなかったが、
メインの道より少し左側に外れた所に足を置いたら、
ズルッと滑って左斜面に落ちてしまった、というような場所だった。
下を覗きこんでいた人たちはそれほど慌てた様子もなかったので、
きっと大事には至ってない、と信じたいところだが、
その後どうなったかは知る由もない。

浅間峠を目指す間に数人スタッフらしき人とすれ違ったが、
うまく救出されることを祈りながら先に進んだ。

その様な光景を目の当たりにしたせいか、
いままで余り意識しなかったが、万が一躓いて、
頭からダイブしてしまったとすると、そのまま崖に落ちたら
確実に死んでしまうような箇所がいくらでもある、という事に気が付いた。
それからというもの、斜面がどんな状態か、
トレイルからどれくらいの幅か、もし躓いても大丈夫な場所なのか、
逐一気にしながら走るようになった。
ここで落ちたらアウトだな、という場所は決して早歩き以上のスピードは
出さなかったし、いつも頭の軸は登り斜面の方を向いて走るように心がけた。

しかし、あれだ。
信越では熊を見るし、ハセツネでは滑落現場に遭遇するし、
今後気をつけねばならない事をこの2回で見るなんて。
余程気を引き締めねばならない、という神のお告げのような気がした。

そうこうするうちに浅間峠に到着した。第一チェックポイントだ。
タイム計測の絨毯の上を跨いだ。

浅間峠 22.7km 6時間10数分台

このペースで行くと20~22時間くらいなんだろうな、と思った。
帰りの飛行機に余裕をもって乗る為には遅くとも22時間ではゴールしたいな、
と漠然と思った。
とりあえずトイレに並び、そのあと空いている場所を探して座った。
中には横になって寝ている人も何人かいた。
ザックを下ろしハイドレの水が500mL以上は残っている事を確認すると
少しホッとした。両脇にはまだポカリが900mL以上は残っていた。
それでもここまで1.3Lくらいは飲んだ計算になる。
それほど余裕はないのだな、と思った。

1CPでは6個入りのクリームパンのうち、3つは食べてしまおうと決めていた。
それと水代わりに用意しておいたアミノバイタルのゼリーを1つ流し込んだ。
給食を摂っている間に、R2さん来ないかな、とタイム計測の方を眺めていたが、
どうやらまだ到着していないようだった。
ザックから3つに分けた補給食のうち最後の3つ目をサイドの方に移し替えた。
既にジェルは5個程度消費していたが、まだ10個程度はあったはずだった。
トイレの時間もあったせいか、いよいよ1CPを出ようと時間を確認してみると
30分近くも滞在しているようだった。それほどゆっくりした覚えはないのに驚いた。
慌てて早くでねば、と用意を始めた。

腰に巻いていたライトジャケットを一旦ザックに詰め込んだが、
30分の休憩で体は冷えてしまっていたらしく身震いしだした。
1CPに着いたときはキャプリーンLWはビッショリ濡れていた。
今からもっと冷えてくるだろうから、と再びジャケットを取り出し、
今度は上に着て、それからザックを背負った。
さて、これからチャレさんとhideさんによれば
走れるトレイルだったはず、と思いながら浅間峠を後にした。

OUT 6時間45分

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