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kpinkcat(モモネコ)

Author: kpinkcat(モモネコ)

2009年1月からジョギングを開始するも、
数か月すると走らなくなる。
3年ごとにブームが訪れ、今回3度目。
2015年に過去最大重量を記録した
のをきっかけに再び走り始める。
今度こそ、過去最速を目指したい。
自分を取り戻す旅。。。

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私の初トレイルはDNFとなった。
晴天ですら、ギリギリの完走目標だったので、
今回の雨天で実力が及ばないことは、
スタート時よりだいたい予想がついていた。

それでも、とにかく最後まで諦めずに進もうという気持ちは
常に持っていた。そうでなければ、ネコさんに合わす顔がない、
と思っていた。

石川弘樹さんも苦渋の決断だったようだ。
選手の安全性を考慮すれば、5Aにおける関門繰り上げは
正しい判断だったと思う。
通常の関門時間なら通過できていた方はさぞかし悔しい思いも
されたかと思うが、夜間雨で濡れながら、
低体温症とも戦わねばならない状況は
安全確保の意味で許容できなかったと思う。

夜間、視認性の悪く滑りやすいトレイルで、
寒さも加われば転倒の危険性は格段に高まり、
思いもしないけが人が出たかもしれない。
骨折してから、自力でエイドまで行かねばならぬ可能性を考えると、
未然にそれを防ぐのが主催者の役目であり、
的確な判断がされたと個人的には思っている。

この大会に出たかった理由の一つに、
石川弘樹という男を見て見たかった、というのがあった。
笑顔が素敵な優しい男という印象だった。
神出鬼没でどこにでも現れ、
ハチに刺された人が出たから気を付けてください、
とか、まだ前半なので抑えていってください、とか、
噂通り、ここまでやるんだ、というような感想だ。
きっと今年も最終ランナーを見届けたのだろうな。
私が女だったら、惚れそうになるけど、
敵が多いから、身を引いてしまう、といった感じで惚れただろうw
そんな素敵な男だった。

今度見る機会があったら、
信越の見事な判断、感服した、と伝えたい。
きっと、今でも優しい男はあの判断が正しかったのだろうか、と
自問自答しているに違いない。

今年のUTMFやSTYも短縮や中止で大変だったようだ。
選手の皆さんは、さぞ残念だったに違いない。
この日の為に頑張ってきたのにね。
来年出場を望んでも、抽選に当たるかわからないし、
ポイントが次回の申し込み時に足りなくなってしまう人もいるだろう。
全てが自然の為せる業で、受け入れざるを得ない。
それが、トレイルランナーとしての資質なのかもしれないな、と思う。

でもね、私に関していえば、通常の関門時間にすら間に合わず、
とても情けない思いをした。ネコさんには本当に済まなかった。
この悔しい気持ちは、全く受け入れ難い。
もちろん、最初から無謀な挑戦だったのかもしれないが、
それでも、久しぶりだ。こんなにも悔しい、と思ったのは。
二度とこんな思いでトレイルを走りたくはないな、と思う。


もし、大会当日晴天だったら完走できたのだろうか、と問うてみる。
たぶん、5Aはクリアできたと思う。
それでも、完走できたかどうかは正直わからない、としか言いようがない。
それというのも、翌日の体のダメージが半端なかったからだ。
座るのも、座ってから立ち上がるのにも困難を極めた。
両肩、背中、両足と今までにない程の筋肉痛だった。
幸い膝は何ともなかった。
ダメージは主として筋群であり、関節は何ともなかった。

だから、痛みを押して走り続ければ完走できたかもしれないし、
63kmで止まったから、その程度で済んだとも言えなくはない。
明らかなのは基礎的体力は足りていない、ということで、
確実に完走できる実力からはまだまだ程遠い、という事実だけが残った。
ダメージからの回復の為に、レース以来まだ全く走れていない。

もっと強くなりたいな。
こんな楽しい物に出会えたのだもの。
余裕を持って、景色を眺めながら、
生きているんだな、って思うのだ。

信越五岳は楽しむためのレースだそうだ。その通りだと思う。
今は実力が全く足りない。もっと精進しようと思う。
来年、また出場の機会が得られたとしたら、
もっと余裕を持って楽しんで走りたい、と思った。
そのためにこれから1年しっかり準備をしようと思う。

ネコさんと別れた後、何度かCメールした。
あまりお役に立てませんでしたが、来年エントリー出来たら
声かけてみてくださいませ。リベンジしましょう。
まずはごゆっくり


よかった。この一言で救われたような気持になった。

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3Aを出てからは関川沿いを走ることになる。
周りに日差しを遮るものはないので、例年暑さとの戦いになるようだが、
今年はその心配は全くなかった。
この先、どれだけ走れる区間があるかわからないので、
あと10分なんとかせねば、という思いで走った。

しかし、ダラダラ登りと皆は表現するが、この道結構な坂もある。
7.5kmで190m程登る。前半はそれなりに走れるが、後半は結構きついのだ。
早々に関川を全部走るのはあきらめ、心拍数をみて走る事に決めた。
心拍が155bpmまで上がったら歩き、143bpmくらいまで下がったらまた走ることにした。
100数える機械になったアレキさんと、心拍見て走る私とでは
どっちが速いのか、などと考えながら走った。
「きつくても、なんとしてでもネコさんのところまで行かなきゃ。」
その一心で走った。それでも足は重く走っても8分/km程度だった。
「ここまで巻き込んで、走ってもらわない訳にはいかないでしょ。」
と自らを鼓舞して走った。

関川の橋を渡るところでは、石川弘樹ばりにR2さんが出没し、応援してくれた。
私も必死に手を振って応えた。

橋を渡るとトレイルだった。A3までのドロドロトレイルよりははるかにマシだったが、
それでも急な登りでは強く踏み込まねばならなかったし、
下りでは慎重に進むしかなかった。
A3以降は下りで脱力しながら、走って呼吸を整える算段だった。
しかし、今は登りも下りも神経を使い、平地は走らねばならなかった。
休まるところが全くないのが雨の信越五岳だったのだ。

平地での貯金は登りと下りで全て持っていかれた。
せめて、下りで借金しなければなんとかなるのに、と吐露するだけだった。
トレイルの坂を登りきるとあとは下りだった。

坂を登りきる手前では靴の中で左足の薬指がつった。
なんか、薬指が変な方向むいてご機嫌ななめ。
でも、いいか、無視してればそのうち機嫌が治るだろうと、無視した。
いままで、指がつって無視した経験はなかったが、断固無視した(笑)。
そうすると相手もつり飽きた様子で大人しくなった。
「お、無視してもなんとかなるのな。」
不思議な体験だった。もちろん痛いのだが、他にも痛いところがあるので、
そんなものかまってられなかったのだ。

下りになり、ちょっと走れるトレイルになってきた。
すると今度は左足の中指と人差し指が同時に反乱を起こした。
今度もガン無視すると、それもしばらくすると落ち着いた。
「自分でやっててなんだけど、つったの無視するって、なんなの?
 しかも勝手に治るしw」
もうわけわからない足の状態だったようだ。
小さな指たちの反乱が治まった頃、エイドに着いた。
そこにはR2さんがまたもや待っており、手を振ってくれていた。

4A 51.4km  IN 9:30 (予定 9:00)OUT 9:35
(実際の時刻は7分遅れています)

手を洗い、トイレを済ませ、またもや大量のバナナを放り込んで
すぐさまエイドを抜けた。
エイドの出口ではR2さんが手を振って応援していてくれた。
「絶対に最後まであきらめません!」
そう思いながら私も大きく3回腕を突き上げるようにして応えた。



4Aを出るとすぐ急登となり、林道へと続いていた。
この林道が結構急で歩くほかなかった。
走り出したいが、30mも登るとすぐ息が切れそうになった。
今のうちに食べておけ、とずっとザックで眠っていた朝食のパンを食べた。
走れる時に走る為、補充、補充ともぐもぐ口を動かしながら登った。

数人に林道で抜かれ、数人追い抜いた。
自分は同レベルでは登りは強い方ではないか、と思っていたが、
どうやらそうではなかったみたいだ。
もっと登れる強い体が必要だな、と心に刻んだ。

林道を抜けるとまた走れそうなトレイルとなった。
しばらくは走れたのだが、時折急な下りが入る為、
どうしてもペースアップできなかった。
「せめて下りで走れたら・・・」
何度もそう思った。岩場になってからも下りのトレイル状態は悪化する一方で、
関川に下る坂は慎重に下りざるを得ない状況だった。

関川の橋に到着すると、1人ずつ渡らなければならなかった。
前に2人並んでおり、順番をまった。
後から女性が一人下りてきて、私の後ろに並んだ。
「あと20分くらいですよね?関門まで。」
と問いかけると、その女性は少し苦虫をかんだような表情で
「そうですね」とだけ答えた。

つり橋を渡り、急登を上がると名物の土管が見えた。
発電設備らしいが、水でも流れるのだろうか。
その脇の九十九折りの登りには、人工マットが敷かれており、滑ることはなかった。
登りは急だったが滑らなかったので、今までの登りより遥かに登りやすかった。
「やはりか。滑らないと、こんなにも楽なのか。」
全てはその登りで悟った様な気持ちになった。

雨がなければ、登りで足を使うこともなかっただろうし、
下りであれほど慎重に下りずとも、楽しく駆け下ったのだろう。
でも、全ては私の力不足。なんだろうなぁ。やはり無謀だったのだろうな。
でも、後悔はないよ。来てよかったよ。
惜しむらくは、ネコさんと一緒に走るという願いは・・

残りはあと2km程だった。残りあと10分となった。
5分/kmの速さで2kmなど、今から走れるわけがなかった。
それでも走らずにはいられなかった。
走った。
走った。
一生懸命走ったが、たぶん8分/kmよりも遅かったと思う。
まだまだ坂が急でスピードなんか出なかった。

あと残り3分・・間に合わないけどそれでも走ろう。
そして、前に2人で歩いているランナーに追いついた。
彼らは不意に話しかけてきた。
「残念でしたね。」
まだ、関門時間を超えていないのに、と思った。
(本当は時計が7分ずれていたので関門時間は過ぎていた)
「関門が30分繰り上がって、17:00までだったらしいですよ。」
「関門繰り下げ期待していたのに、まさかの30分繰り上げですからね」
そうだったのか、もう30分も前に閉鎖時間は過ぎていたのか。
一気に力が抜けるのを感じた。もう、走る気力がなかった。
走っても体が凄く重たかった。

アレキさんのブログを読んで信越五岳に出てみたい、と思った事。
無謀にもクリック合戦に参加して、ハセツネにも出ることになった事。
ネコさんにペーサーを引き受けてもらって、とてもうれしかった事。
色々な事が頭を駆け巡った。
しばらくするとR2さんもやってきて、
「残念でしたね。頑張りましたよ。」
と声をかけてくださった。
そのまま歩いて5Aに向かった。
力不足は感じていたけど、それでも悔しかった。
いろいろな感情が駆け巡り、年甲斐もなく涙が出そうになった。
一番悔やまれるのは、ネコさんを待たせるだけになったこと。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そしてA5に着いた。時計は12:22を示し、low batteryの表示が出ていた。

ネコさんは表情を変えず、こちらに向かってきてくれた。
ネコさんの手を握った。
「ホント、済みません。折角ネコさん受けてくれたのに。
俺、ネコさんが受けてくれて凄まじく嬉しくて、
練習も自分なりに一生懸命やって・・・できる限りのことしたのですが。
本当にすみません。」
自分の顔がしわくちゃになっているのが分かった。
謝っている間、強く手を握りしめた。
ネコさんも強く握り返してくれた。

「まあ、今回は仕方ないよ。サブ3近いタイムの人でも、
関門切られている人もいたし、厳しいのは確かだったからね」
優しくそう言ってくれた。
「女性は特に厳しかったみたいで、馬力があって登れる男は大丈夫みたいだったけど
女性はほとんどダメだったみたいだよ。」

私の事は一切とがめることをせず、最後まで懐の深いネコさんだった。
手を強く握り返してくれた時には少しうれしかった。
もちろんいままでもそうだったけど、この人は信用しても大丈夫だと思った。

「俺、来年も出ます。このままじゃ終われません。」
ネコさんはうなずいて、手を強く握りしめてくれた。

こうして私の信越五岳は終わった。

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2Aをでてからしばらくは走れるトレイルだったようだが、
その記憶はほとんどない。
袴岳に登る途中で、先程の男女のカップルが見えた。

男「結構遅れているね」
女「着替えたけど、この先でも汚れるかもね。」
男「あの下りみたいにこの先もなっているかもしれないから、
  ちょっと急ごうか。」
女「そうだね、何があるか分からないしね。」

先に行っていたカップルに追いつき不思議に思っていたが、
どうやら着替えをしていたらしい。
そういえば、ザックにはビニールがすっぽりかぶせられ、
ビニール越しにゼッケンが見えていた。
スタート時からレインを着ていたので、着替えるという発想は
私にはなかったし、きっとこれからも雨は止まないのだろうな、
と思った。

袴岳への急登に差し掛かると、また少し渋滞した。
自重で滑り、また四つん這いにならねばならなかった。
おかげで先程洗った手はまたしっかりと汚れてしまった。
これでは、補給も気が引けるな、とおもった。
「エイドではバナナくらいしかエネルギー補給出来そうなものはないし、
朝食のパンいつ食べようかな」と思っていた。
とにかく、シャリバテで走れなくなるのだけは避けたかった。

いくつか坂を登りきると、ちょっとした下りが出てきて、その部分は走れた。
それが4回程続くと袴岳山頂のようだった。
山頂にたどり着く前のピークでは、
「ようこそ、ニセ山頂へ!本当の山頂はもう少し先にあります!」
とスタッフの方が何度も繰り返し大きな声で知らせてくれていた。
テンション高めでずっとそう繰り返し案内してくれていたスタッフには
頭が下がる思いもしたが、同時になんだかクスリと笑ってしまった。
ホント、有り難いな、と思った。
袴岳-2

袴岳山頂
(これ以降は余裕がなくなり、写真はありません<(_ _)>)

袴岳山頂を超えると、当然のように下りがやってきた。
そう、下りなのだ。そして、ここでもまた、ドロドロトレイルなのだ。
下腿の半分は埋まろうかという足跡がここでも無数に認められた。
「やれやれ、またか。でも、もうどうにでもなれ。」
もう、汚れることにひるむ気持ちはなかった。
ただ、この区間をできるだけ速くクリアする事だけを考えた。
スイッチバックの場所はやはり足の置き場がなく、
ショートカットして超えようとしても、掴んだ草は無情にも長さが足らず、
足元をぐらつかせた。それを幾度となく繰り返し、やっと勾配が少ない場所へとでた。
しばらくトレイルを走ると林道へでた。そこからは随分楽に下れるようになった。

「林道最高!砂利って素晴らしい!」
おんたけウルトラトレイルもこんな林道なのかな、と思いながら下った。
この下りが一番楽に走れた区間かもしれない。
大腿四頭筋に負荷がかからないように走った。
ここで足を使うとこの先の関川で走れなくなるかもしれないから、と
上下動が出来るだけ少なくなるように走った。
時に後ろから抜かれることもあったが、「あせるな、あせるな」と
自分に言い聞かせながら下った。どうやら6分10秒/kmくらいで走っていたようだ。

しばらく走ると左手に民家が見えた。
「ようやくエイド近くまできたか」、と思った。
砂利道はやがて舗装道路となり、両側の木々は姿を消し田んぼが見えるようになった。
コースの左手に折れ曲がる地点では応援の方がいた。
カメラを両手に構えこちらをとらえようとしているようだった。
「誰をうつしているのだろう」、とその方をマジマジ見ていたが、
申し訳なさそうに、「どうぞどうぞ」、とエイドの方に促された。
「ああ、そうか、後ろの女性の方の応援ね」
そこからエイドまで少し登りの舗装路となっていたが、
少し歩いているとその応援者と女性ランナーは走って私を追い抜いていった。

3A 38.5km  IN 6:55 (予定 6:30) OUT 7:04
(本当はこれより7分遅いです)

予定よりさらに遅れを広げてしまっていた。30分遅かった。
この先を予定ペース通り走ったとしても10分足りない、と思った。
タイムロスは袴岳のところだよなぁ、と舌打ちしたい気持ちになった。
すぐに手を洗ってトイレを探していると、先程の写真を撮っていた方から話しかけられた。

男「あ、ひょっとしてネコさんの?」
私「!!!
  あ、はい!そうです!」
男「ああ、よかった。ネコさんからゼッケンナンバーは聞いていたので。
  私、SUBARU360R-2っていう・・・」
私「え~~っ!! R2さんですか!お会い出来ればいいなぁ、って思ってたんですよ!」
と、泥だらけの汚い手で握手を求めてしまった(←本人このときは気づいていない)
R2「頑張ってくださいね。」
と笑顔で応援して下さった。

「これか!これがアレキさんの言っていたボーナスタイムなのか!」
ちょっとテンション上がってきた。単純な性格なのだ。
応援があるのは本当にうれしい。誰かのついででもうれしい(笑)。

あと10分詰めれば間に合うんだ。最後まで、絶対にあきらめない。
そう思いを秘めながら、また大量のバナナを頬張り3Aを後にした。

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1Aを出ると斑尾山頂に向かう急登となった。
1A手前から青いユニフォームを着た男女のカップルが走っていた。
随分トレイルレースに慣れている様子でそのカップルは談笑しながら
レースを楽しんでいた。
男「登りは滑るね。水たまりも多いし。」
女「でも、水が流れているところは滑らないよ。」
男「そうだね。」
女「ぬかるみ避けようとして脇を通ると、かえって滑ったりするし。
  水の中突っ切る方が走りやすいかも。」

私「そかそか、水流れているところの方がドロは流されているから、
  滑りにくいのか。」

登りが急になるにつれ、自重で滑り、酷く登りにくい箇所が増えていった。
直前を先行するランナーの足跡をたどるように進むのだが、
それでもズルズル滑り出す。前のランナーが脇を通るときには、
積極的に真ん中の水が流れている所を通ったりした。
確かに、勢いよく水が流れている所は滑りにくかった。
靴の中は既に水で溢れかえっていた。躊躇する理由なんてなかった。
体力をできるだけ温存するには、ビシャビシャと小さな濁流を進んだ方が
賢明だ、と判断した。

男「雨のレースだからね。ペース遅れてるよね。」
女「いつもと違う事が起こらないとも限らないから、
  ちょっと急いだ方がいいかもね。雨天時の関門とか、変わったり。」
男「そうだね。」

私「あの、すみません、皆さんどれくらいでくらいで
  ゴールするつもりなんですか?」
私は自分がどの位置にいるのかを知りたかった。
女「あ、私たちは21時間くらいを目指してますよ。完走目標です。」
私「おお、それなら僕と一緒くらいですね。」
女性はにこやかに振り返りながら返答してくれた。

私「位置取りはこの辺なんだろうけど、この二人には離されたくないな。」
と思った。人の会話を聞いている方が気が紛れるし、
他のランナーがどんな事を考えながらレースをしているのかも
参考になるからだ。決して、カップルの会話を盗み聞きしたいから、
という理由ではない。(結果的には聞こえてしまうのだが。)
感覚的には、レースの実況をラジオで聞いているようなものだった。

途中で靴の紐が緩んだため、結び直しているうちに、そのカップルは
見えなくなった。あらら、残念と思いながらも先を急いだ。

斑尾山への急登ではドロで滑るために、四つん這いの様にならないと
登れない箇所も増えてきた。1Aまではスムーズだったが、
それ以降は雨の影響が色濃くなってきた。
「晴れのレースならこれくらいの登りで手こずったりしないのに。
 足を踏ん張らないと滑り出すから、体力も削られる。
 ペースも上げられない。いよいよヤバイな。」
そんな事を考えていると斑尾山頂に到着した。
斑尾山頂


眺望はほとんどなく、私は写真を撮るなり、
すぐ下山に向かった。少し焦り始めていた。

下山直後、矢張り足元は滑るのだが、慎重に下れば何とかなる状態だった。
しかし、問題はその少し先にあった。九十九折りのゲレンデに繋がる下りだ。
見晴らしが一気に開けたと思ったら、そこにはひどい世界が待っていた。
私にはトレイルにおける地獄絵図にしか見えなかった。

トレイルの状態はドロ状態がさらに深刻化し、30cmもあろうかという
深い足跡がそこら中に埋め尽くされていた。その中にすっぽり足をうずめ
ながら進むか、自分で新たな場所に足を置くか、なのだが、
新たな場所に足を置けば、そこに自分が30cm程のドロ穴足跡を作るハメになった。
つまり、どこに足を置いても足首より深くドロに足がはまる状態だった。
そういった足元に苦しむランナー達の様子が、ゲレンデのおかげで
100mくらい先まで見渡せるのだった。

「オイオイ、どうなってるんだ、コレ」
足跡が深くある場所はまだよかった。九十九折りの折り返し部分の
全てのドロが削り取られながら傾いている場所が最悪だった。
足の置き場がないのである。つまり、自分もそこに足を置き、
ズルズル滑りながらドロを削るしかなかった。
バランスは簡単に崩れるし、手もドロドロになった。仕舞いには
完全に足を滑らせ背中から地面に落ちた。
後ろの方から、大丈夫ですか、と尋ねられたが、
大丈夫、大丈夫、と苦笑いするしかなかった。
ザックも完全にドロだらけになった。

晴れていれば、この場所って見晴らしもいいし、気持ちよく下って行く場所
なんだろうなぁ、と想像した。しかし、今はこの光景が憎らしかった。
いつもは下りは喜ぶはずなのに、下りなんて今日はいらない、とすら思った。
事実、この日に限っては、登りよりもずっと下りの方がキツかったのだ。
早く下りなんか終わってしまえ、と念じながら走っていると2Aに到着した。
気持ちよく走れたのは2A直前のごく短い距離だけだった。

2A 23.9km IN 4:03 (予定 3:50) 区間 5.4km 1:32(予定 1:25)

途中、滑って転びそうになった時に、手をついた。
手首が曲がってFenix3のストップボタンが自分の前腕部に押される
格好となった。1,2分時計が止まってしまったかもしれない。

追記:(どうやら、Fenix3のデータから、この時点で7分間時計が
止まっていたみたいだ。)

公式では 2A OUT 4:16だった。
2Aに着くなり、ドロドロの手を洗った。靴にも水をかけて、
少しまともな状態にした。2Aの建物の前も大きな水たまりで、
ジャブジャブと突き切らなければ入れない状態になっていた。
手を洗い、トイレに行っただけで、たぶん5分弱を費やした。
それから、頬張れるだけ大量にバナナを詰め込んだ。
コース紹介時にはパワーバーがあるような事が書かれていたが、
ちょっと見では見当たらなかった。エネルギーになりそうなものは
バナナしかなかったのでそれを大量に詰め込んだのだ。

「走りながら補給もしたいけど、このドロドロの手じゃね」
シャリ切れ状態にならないか心配だったが、先を急いだ。
ボトルに給水し、コーラを飲んだら満腹感が出てきたので先を急いだ。
INとOUTのタイム差が13分もあるが、きっと何かの間違いだろう(笑)
(↑そんな訳ないw)
感覚的には8分くらいでエイドを出たと思う。
晴天であればきっと、3~5分くらいで全ての事を済ませられるのに、
と思った。

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9/18 大会当日、3時半に起床し支度を整え、
4時半には会場へ到着した。
朝食が用意されており、多くのランナーは既に食事を済ませたようだった。
食事を済ませた後、スタートゲートの前で
ネコさんと一緒に記念撮影。
もう一度、ゴールで写真取れるといいな、と思った。

当日は天気予報の通り雨だった。
スタート時のみ雨足は弱まっていた。
私はほぼ最後方に位置取りをした。
2016SFMT スタート

予定ペースは下記の通り。チャレさんがみわっちさんのために作ったペース表だ。
そして、アレキさんもこのペース表を使っていた。
今年は5Aが昨年よりも3.5km程度手前になったので関門が30分早くなっていた。
    経過時間  関門
1A  2:25
2A      3:50
3A      6:30
4A      9:00    10:00
5A      11:40    12:00
6A      15:15
7A      16:20
8A      17:30    18:30
Goal    21:30
晴天時の予定表なので、この通り進むのはひょっとしたら難しい、
とも思ったが、自分の実力からすると、これ以上のペースで走ると、
後半失速するのは目に見えていた。
制限時間ギリギリでゴールする人たちの、前半のペースはやや突込み気味、
ということが分かっていたので、チャレさん推奨のペースでA5までは
進むことを心に決めていた。できれば後半ペースを上げるつもりでいた。
後方の位置取りは前半突込み過ぎない為のものだった。
当日の天候が雨だったので、それは間違った選択であることをすぐに
思い知るのであった。

カウントダウンが始まり、午前5時30分にスタートした。
緊張もない。興奮もない。緩やかで落ち着いたスタートだった。
スタート直後のどこかで、きっとネコさんが動画を撮っているだろうと
思い、左側の観客席を探すとネコさんの姿がみえた。
右手を挙げて手を振ると、ネコさんはすぐに気づきしっかりと見送ってくれた。

スタートするとすぐに急なゲレンデになる。走れないこともないが、
足を使うような時間帯ではないと思い、スタート直後から歩いた。
S-A1-1
心拍数は150bpmくらいを示していた。私の体力では
歩かねばならない坂だったのだ。
周りもみんな歩いていた。後ろを振り返ると、そこにはわずか10数人程度しか
見えなかった。一番うしろからなんだな、と思った。
S-A1-2

ゲレンデを登る途中、坂が緩やかになると皆走り始めた。
私も流れについていった。5分くらい走っていると、先が渋滞していた。
「あれ?信越ってほぼ渋滞なし、って聞いていたのに。。。きっと、
雨のせいで詰まっているのだろうな。ちょっとペース速めないとやばいか。」
渋滞といっても1、2分くらいですぐに解消するのだが、そういった停止箇所が
何回か続いた。焦っても仕方がないので、流れに乗って走った。

1Aまでのトレイルはとても走りやすかった。ダブルやシングルのトレイルが
混ざり合い、ペースが遅いと感じたら、前を急いだ。
緩やかな上りや下りが続いたが流れに乗っていれば気持ちの良いペースだった。
急な坂は歩きも入れたが、7分半~8分/kmくらいのペースだったようだ。
雨で足場は悪かったが、水たまりを避ければそれほど不快感はなかった。
そうこうするうちに1Aに着いた。

1A 18.5km  IN 2:31 (予定 2:25) OUT 2:34

水を補給し、できるだけバナナとチップスターを頬張り、すぐにエイドをでた。
それでも、どうやら3分近くエイドに滞在してたようだ。
予定より6分遅れたが、ちょっとした渋滞のせいだったので気にせず進んだ。
このときは、そのうち遅れも取り戻せるだろう、と考えていた。

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9/17 ねこさんと合流。待ち合わせ場所に行くと、
既に車で待機して下さっていた。
 ご挨拶し、固く握手した。
 ネコさんはもっと大男だと思っていたのだが、
身長は私よりも2,3cmくらい高いだけだったが、
体格はがっちりしており、頼もしさを呈していた。

 車に乗り込み、そのまま会場へ向かった。
 途中、サービスエリアでちょっと遅めの昼食をとった。
 旅先では土地の物を食べることにしているが、
今回はマックじゃなくてよかった、と思った(笑)。

道中はネコさんが運転しながら、いろいろな話を聞かせてくれた。
初対面なので、色々気遣ってくださったのだと思う。
沈黙の時間はほとんどなく、ブログのこと、仲間との出会いや、
山のすばらしさについて話してくださった。
 気さくな語り口で、こちらからどんな質問をしても、
和やかに答えてくださった。始終自然なやり取りなので、
今回が初めてではないような錯覚に陥りそうになっていた。
2つ年上の兄貴は、やはり懐が深かった。

 3時間半くらいで会場に到着し、すぐさま受付をした。
 ドロップバッグ用の袋と、大会の冊子、選手やペーサー用には
懇親会用のタグが配られた。到着した時には既にコース説明会が
行われており、途中から説明会場に入った。そのあと、
選手やペーサーには競技説明があったが、
いずれも事前情報を得ていたので特に目新しいものはなく、
安心して翌日を迎えられる気持ちになっていた。

 競技説明後、1時間ほどしてから、前夜祭となった。
 会場にはもちろんたくさんの人が押し寄せていた。
 私はタグを首にかけていなかったが、特にチェックなどなかったので、
問題なく食事にありつけた。多分、応援だけの人も
多く混じっていたようなきがしたが、
そこは緩い感じでよかったと思う。

 私の興味はチームで来場して来た面々だった。
 噂によると、食事の争奪戦ではチームプレーが発動するらしく、
ハンバーグを大量に皿に載せて運ぶハクション大魔王もどきが
出現する、ということだったが、矢張りその噂は本当だった。
あれ?ハクション大魔王の好物ってコロッケだったような、
と思ったのは内緒だ。(初期の絵はどうみてもコロッケw)

料理はバイキング方式なので、あっという間にテーブルの料理は
無くなってしまうのだが、無くなってしばらくすると追加で料理が
補充されるので、皆が満腹になるくらいは十分な量だった。
ただし、自分の好きなものを満腹になるまで食べるためには、
争奪戦に参加しなければならなかった。
私は皿と箸とを持ちながら、料理の列に並びつつ、自分の皿の物を
たいらげ、さらに料理を追加するという数珠つなぎ方式で乗り切った。
 なんか、がっついてるな、と思いながらもペペロンチノ、焼うどん、
塩やきそばなどを大量に食べ、満腹になった。ハンバーグには
チーズが入っており、とてもおいしかった。

 20分もすると2人とも満足したので、太鼓などの催し物があったが、
早々に会場を後にした。慣れている人ほど、食べるものを食べた後は
早く宿に帰って寝る準備をするらしかった。

 宿に帰って風呂に入ったが、それでもまだ9時だった。
 明日は3時半くらいで間に合うよね、という話をして、
すぐに二人とも就寝した。普段ビールは余り飲まないが、
1本だけ飲んでたおかげですぐに眠りにつけた。


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信越五岳はA5にて関門にかかり、DNFでした。
折角ネコさんがぺーサー引き受けてくれたのに、
まさかこんな結果になるなんて
非常に残念でした。詳細は後日改めて。
一緒に走りたかった。猛烈に悔しい。
過去を振り返るシリーズも今日で完結だ。
7月にネコさんからペーサーを引き受けてもらってから、
ブログ再開を決意し、ようやく追いついた。
予定では自分の練習内容を確認してもらえるように、
と書き始めたのだが、ついぞその目的を果たすことはなかった。

9月に信越五岳の事務局から最終案内が送付されてきた。
その内容をネコさんとも共有するために、
pdfファイルにして、メールした。
通常ネコさんはPCメールとか確認しない様子だったので、
携帯のCメールに、pdfを送った旨お伝えした。
ホントはLineしてればいいのだけど、私、Lineしないので ><;


ネコさんも新たな情報を欲していたらしく、
私とコンタクトしようと思っていたらしい。
タイミングは丁度よかったのだ。
その後、ネコさんとは一度だけ電話で会話し、
挨拶させてもらった。
すごく丁寧な口調で接してくれた。

明日はいよいよネコさんとご対面となる。
ネコさん、私の顔をまだ知らないのだがw、
待ち合わせは携帯があるので心配していない、とのことで。
なんだか、今からワクワク感が止まらない。

一つ残念なこと。
9月13日から台風16号が発生して、その動向を注視していたが、
当初、レース中に台風がくるのではないか、
2013年の再現かとも思われたが、
どうやら台風のスピードが遅く、レース中に台風が来る心配は
なくなった。

そのかわり、どうやら雨のレースになりそうだ。
当初は終日くもりの予報だったが、
現在の予報ではレース中はずっと雨っぽい。
後半は曇りに変わりそうだが、これって、ヤバイよね?!
雨降ると、どろんこ祭りになるので、山の難易度は格段に上がる。
2015年のUTMFは雨の中で開催され、
例年より格段に完走率が下がったそうな。
うほー、ヤバイよ、ヤバイよ、絶対コレヤバイってば~~(出川風)

晴れの日でも完走ギリギリっぽいのに、戦えるのか?!


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6月と7月はいい練習ができたと思う。
暑さにも負けなかったが、緩いペースでも
心拍数が常に上昇気味なのが気になっていた。
当然のようにスピードは乗らず、
6月以降、自信はなくなっていく一方だった。

8月はとにかく長い距離を走ろうと思った。
15kmまでは余り疲れが残らない体になっていたが、
最長50kmだったので、60kmくらいはロードで
経験しておくべきだと感じていた。
とあるウルトラランナーのブログでは、
大会2か月前くらいから、毎週50km走ればウルトラの足はできる
と書いてあったが、とてもじゃないが、私には出来ない芸当だった。
けれども、3週前と5週前の土日のセット練習では60kmを
走ってみたいと思っていた。

8/6 E2+T5+W1+T4+W1+M4+W1+E2 19.84km
E:easy T:threshould W:walk M:marathon
スピード練習だが、暑すぎて間に1kmずつの歩きを入れた。
この辺がEペースで繋げると強いのだが、
心拍数は常に、「ムリすんな」と訴えていた。

8/7 セット練習 25.8km
19kmで足が痙攣、補給するも再び痙攣したため、無理せず撤退。
膝の耐久性だけは満足できるレベルになってきていた。
しかし、スピード持久力不足は深刻だった。

8/13 43.2km D+586
60k予定を43kで切り上げ。23時発。途中の峠が思いのほかつらかった。
足のダメージ中等度の為、大事を取って無理しなかった。
山中、多数の鹿がこちらを観察していた。
60kなら実力的には平地にすべきだった。
夜間でも気温29度が常に響き、1L/10k程度の飲水が必要だった。

8/17 17km
E3+T5.5+W1+M4+W1+E2.5
暑さ厳しい。夜間峠走の疲れ響く。左ハムに痛み出現し、
予定を切り上げた。

8/21 20.1km
疲れ残っていたので、昨日は休足。
本日も様子見だったが、5kmずつのビルドアップ。
最後は暑さ換算ならMペース→Tペース程度の負荷(VDOT40)


ここで疲労がMaxとなった。
顕著なのは背中の疲れが取れず、全身が疲労していた。
膝にも常に慢性炎症の兆候があり、
日中でも階段を上るときに少し気になっていた。
8/27・28 の週末(大会3週前)に60kmのセット練習を考えていたが
疲労抜きが先決と考え11k と 16kのEペースのみとした。
以降は回復に努めることとした。

8月はラン199k 自転車41k(D+607)となった。
走行距離は随分と落ちたが、サボったつもりは全くなかった。
長い距離を毎週のように負荷したため、
疲労に対する耐性を養った時期だといえると思う。
1度も60kmを走破できなかったが、
ムリすれば可能ではあった。しかし、確実に大きなダメージが
あると判断し中止した。

「やれやれ、こんな感じで110kmなんて走れるのだろうか。」
そんな疑問を持っていると、それに対する回答は
ネコさんのブログの中にあった。
ウルトラトレイルのきつさって30kmでピークで
あとは故障さえなければ
ずっと同じ
あきらめないで動いていると よく言う復活があるし
内臓のトラブルも はじめの過ごし方で
かなり変わってくる

そか、そか、30kでピークであとは一緒なのか。
レースでは絶対ゴールする、というメンタルの方が重要そう。
あとは膝が持ってくれればいいな。

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7月はとにかく山に慣れよう、と思った。
また、ロードを走るにしても、極力坂道を走った。
暑さでスピードは出ず、かなり体力を削られた。
自分の未熟さを思い知り、いい練習・経験になった。

7/5 14.27km D+387
近くの旧街道に行ってみたが、もう人が歩かない所為か、
ひどく荒れており、道のほとんどは閉鎖されていた。
山手の舗装路主体。Geographica使用。

7/6 15.11km D+566 山練
初めてザックを背負い、新調したヘッドライトを試した。
350ルーメンのヘッドライトの明るさは十分で、
ハンドライトは持たないことに決めた。
片手がふさがるとある意味咄嗟の反応ができないリスクも
あるしね。
急な下りはスピードが出ず、結構苦戦することを確認した。
瑪瑙山の下りは結構大変なのかな?
(足が終わってることの方が重大なんだろうなぁ、きっと)

7/16 7.64km D+670 山練 藺牟田池外輪山
登り下りの連続で、ほぼ平坦なし。
このコースはトレラン大会にも使われているみたいだが、
ほとんど最下位グループになってしまうタイム。
自信なくす。

7/18 28.55km D+1409 霧島・えびの高原EXT 中盤往復
Fenix3にGPXデータを載せてナビゲーション試す。
大会間近なのに、ほとんど標識なく、道迷い多し。
このコース、どこでも行けそうな区間があって、
わかりにくさ爆発wナビあってよかった、と痛感。

7/27 50.70km D+620
灼熱のロードでゆっくり。補給も適宜。
32度以上の中、ほぼゆでダコ状態になりながら走った。
それでも、足を温存すれば膝に影響なく50kmは走れることを確認。
でも、滝汗状態続き、体力的には余裕なし。足は固まった。
さらに自信なくす。

7/31 31.72km D+1563 霧島・えびの高原EXT 前半+韓国岳
林道主体のコースだが、かなり厳しさを思い知った。
このコースだと第二関門は結構厳しいのかな、と感じた。
大浪池から韓国岳に登る木製の階段や梯子はちょっとヤバイな、
と感じた。

アレキさんも6月くらいから毎週のように山へ行ってたらしいが、
私もこんなに頑張った、アピールなのだ。
まだまだ甘いと言われそうだが、
初心者がケガをしないようにトレーニングしようと思ったら、
このくらいかな、と思う。手を抜いたつもりは全くなかった。

月間距離 272km D+ 約5000m

一緒に山行ってくれる人いたらいいのになぁ
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信越五岳の事務局から申込書が送付されてきた。
最初はペーサーを付けないで、気楽に走り、
どうしてもムリそうならリタイアでもいい、くらいの気持ちでいた。

しかしながら、数日信越情報をいろいろ検索しているうちに、
やはり後半の夜間走ではペーサーがいると随分気分的にも違うだろうな、
という気持ちになってきた。
単独走のブログを書いておられる面々は、そろってペーサーがいる選手が
羨ましかった、と綴っていた。

「ふむ、どうしたものか。。。」
そう思ったとき、ふと、ある考えが浮かんだ。
「私の知り合いにトレランする人はいない。
 でも、あの人となら一緒に走ってみたいな。」

自然と頭に浮かんだその人とは、ハンサムネコさんだった。
そう、アレキさんのペーサーだ。

そもそも、アレキさんのブログを読まなければ、
トレランに興味を持つこともなかったし、信越五岳のクリック合戦に参戦することもなかった。
もし、ネコさんがいなければ、そこまでアレキさんの信越完走に感銘を受けたかもわからない。
アレキさんとネコさんのゴール後のあの写真。
あの写真は何度みてもいい。
何かを達成した男達の顔がそこにはあった。

ハンサムネコさんの存在はもちろん3年前から知っていた。
当時は仮装好きなマラソンが速い人、という認識だった。
それがいつの間にか完全なる山男に変身していた。
いや、私が全然認識不足なだけだったが、
トップページのスティッチの仮装写真があまりにも印象的なので、
そのようなイメージしか持てなかっただけの話だ。
当時から冨士登山競走には毎年参加されていたしね。

「ダメ元でメールしてみようかな。」
「普通、こんな依頼受ける人なんていないだろうけど、
 ネコさんならもしかすると受けてくれるかもしれないし。」

なぜ、その様に考えられたのかは今でもよく分からない。
でも、なぜか受けてくれそう、と思えたのだ。
多分、50:50 ぐらいの確率だろう、と思った。
そしてネコさんのブログにコメントを送ってみた。


-------------引用開始----------------
ハンサムネコさん!

初コメントです。
kpinkcatと申します。(ちなみにオスです)

突然ですが、ネコさんにお願いがあります。
信越五岳のペーサーをネコさんにお願いしたいのです!

-----------------------------
中略
(以下つらつらと、自己紹介、アレキさんとの信越五岳の記事に感動したこと、
 なぜネコさんにペーサーをお願いしよう、と思い立った訳、など)
-----------------------------

普通、こんなお願い断られるのが当然なので、気が向かなかったら気にしないで結構です。
でも、もし、「面白そうだから受けちゃえ」と思って下さるなら、是非ともお願いしたいのです。

------------引用ココまで---------------



このコメントは全部で1700字くらいになるのだが、
これを見た瞬間、ネコさんはブログが炎上したか、と思ったそうだ(笑)
でも、翌日には返事をメールで送って下さった。

猫「面白そうです。やってみたいです!」


私「Σ(・ω・ノ)ノ!」

 「キタ ― .∵・(゚∀゚)・∵. ― ッ!!」

受けてくれたのだ。半分は期待していたが、本当に受けてくれて凄まじく嬉しかった。
驚きを隠せず、妻にすぐ報告した。(←滅多にそんなことはしない)
すると、妻も目をまん丸にして ウソーー?!!、と大声を上げ喜んでくれた。
世の中何があるか分からない。行動する前からあきらめるのではなくて、
ときには冒険してみるものだ、と思った。そして、本当に「有り難いこと」だ、と感じた。

「これは是が非でも、5Aまではたどり着かねばならない。
 気合入れて準備するしかないな。
 今月はとにかく山練しよう。
 丁度ザックも手に入れたし。」

私は月に休みが2日しかない。土日にワンセットあるのみだ。
第五週がある月は特別に月に4日の休みとなる。
また、祝日はそのまま休みとなる仕事形態だ。
家族には悪いが、その全てを山に行くことに決めた。
こんな父ちゃんを今だけは許してくれぃ!

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0次関門を抜け、練習にも張り合いが出てきた。
6月の月間走行距離の目標は前月の1割増しの300kmだった。

300km 3年で サブスリー

そんなフレーズを今まで何度見てきたことだろう。
今月がそのスタートになればいいな、と思った。
そんな事を思った直後から、毎年この時期にやって来るあいつらが現れた。
暑さと湿度である。

5月の後半くらいから夜間でも25℃を超える日が出てきた。
25℃を超えると、いつもひどいことになる。
汗で全身水をかぶったようになるのである。

「あれ?外は土砂降りだった?」
と晴天の日に妻は私をからかった。

10km以上走るときは、給水をしないとかなり危ない状態になることを
これまでも経験していた。
そして、3年前までは梅雨の時期になると、雨と暑さを理由に次第に走らなくなっていたのだ。
でも、今年はそうは言ってられなくなっていた。
雨が降ろうが、どれだけ暑かろうがとにかく走らねばならなかった。
走らねば、信越の110kmなんて全く見えてこないのだ。

5月までVDOT42で順調に練習メニューをこなせていたのだが、
6月になって黄色信号が点滅しだした。
今まで少し余裕を持って走れていたペースが維持できなくなっていた。
Mペースで走ると心拍は4kmを超えたあたりからTペース相当の心拍に到達するようになった。
私の場合、最大心拍数183/min、最低心拍数48/minくらいなので、
Mペース 146-161/min(73%-84 %HRmax, 79-88 %HRR)くらいだ。
Tペースで大体 170/minである。
5月まではVDOT42で問題なかったところが、6月になるとVDOT41でもきつく、
VDOT40くらいで丁度良い負荷に感じた。感覚的には半年くらい引き戻されたような気持になった。

「暑さってこんなにも影響を与えるものなのだろうか。
 自分が根性なしなのだろうか。」
そんな考えが頭の中をぐるぐるし始めた。

5月までは月間走行距離の内訳は M T I R それぞれのペースで 10% 5% 4% 2.5%を超えることを
目標としていたが次第にMペース走はその割合を減らしていった。
5kmを超えるといつの間にかTペースの負荷になっていたし、時には足が痙攣するようになった。
全く以て今までの状況とは異なってきたのだ。

それでも6月は距離を求めた。スピードは落ちても、心拍負荷はそれ相応に高かった。
EペースでもMペース相当な負荷になっていたことしばしばだ。
6月後半はほぼEペース走のみとなったが、それでもギリギリ月間300kmを初めて超えた。

「300kmは超えた。でも、それだけ。内容は満足できない。」
そんな風に思ってしまった。
6月はロードでも坂道練習を何度か取り入れるようになったが、
山には低山を1回登っただけだった。
信越五岳に対する不安は益々大きくなってきていた。

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6月5日に信越五岳のクリック合戦に参加することに決めた。
やるからには0次関門は突破する気持ちでいた。
そこで、クリック合戦に必要な対策をいろいろ検索した。
私が採った戦略は以下のようだ。
(余計なこと書くな、と思った方はごめんなさい。)

0次関門対策
0.あらかじめ、過去のマラソン記録などは準備しておく。
  順位を尋ねられる場合もあるので、極力詳しいほうがいい。
  一度まとめておけば、その後も利用できるので、テキストに残しておくことを推奨。
  また、事前アンケートがある場合があるので、内容を確認し、
  その回答も用意しておく。(できるだけ簡潔に)
1.RUNNETには継続ログイン状態になるように設定しておく。
2.受付開始時間15分くらい前にはスタンバイする。
3.エントリーボタンの直リンクをブックマークに登録しておく。
  (エントリータブのエントリー種目が表示される場所)  
4.PCの時計はインターネット経由の自動取得であることを確認する。
  あるいは正確な時間を知らせてくれるデバイスを用意する。
5.受付時間きっかりにブックマークで登録したエントリーサイトを表示させる。
6.ボタンが表示されていれば1回だけエントリーボタンを押す。
  ボタンがグレイ表示ならば、リロード(F5)を押す。
7.混雑画面が表示されたら、余計なことをしないでじっと待つ。
8.必要事項を記入後、決済はコンビニとする。

以上だ。もっとこうした方がいいよ、と思われた方はアドバイス頂けると有り難い。
さて、この方法がうまく機能するか、確認/練習せねばならなかったのだが、
どうしたものかと思案した。できれば、クリック合戦が激しく、あっという間に
席が埋まってしまうような大会がいい、と考えた。
 信越五岳までにそのような条件に合致し、しかも出場してみたい、と思える大会があった。

そう、「ハセツネ」だ。

「って、いうか、それアホだろ。信越の3週間後だぜ?!」
「もし信越五岳に出場できたら、回復が間に合わないんじゃないの?」

ランニング再会後1年生の私の率直な感想は、そんな感じだったが、

「じゃあ、決済直前まで行って、決済しなけりゃいいじゃん」
と思い、とりあえず、クリック合戦の練習をハセツネでやることにした。

6月1日 ハセツネクリック合戦参戦。
きっと、混雑画面抜けるまでに、相当な時間がかかるだろうなぁ、
とエントリーボタンを押した。当然、混雑表示された。
時間がカウントダウンされ、その時間が0秒になると、自動再表示される仕組みのようだった。
もちろん、何もしない。強烈にリロードしたくなるが、はやる気持ちを抑えつつじっとまった。
すると、2回目のカウントダウンであっさりと入力画面に移行した。

「おおおっ!抜けた!」
武者震いする手をブルブルさせながら、最速で入力した。
決済はクレジットを入力し、そして。。。


やはり、決済してしまった。

「っていうか、信越出れないかもしれないし!
出れたら、出れたで幸せジャン。ポイントも稼げるし」

だんだん脳みそが溶けてきているのを自覚した。
初心者が破滅の道を歩き出したようだった。

受付日時は 10時02分33秒だった。
そして10時8分くらいにはふるさと納税枠しか残ってない事を確認した。
やはり、ハセツネの0次関門の競争も相当なものだと知った。

ハセツネはクレジット決済であったが、その後、クレジット決済だと認証が下りるまでの時間で
トラブル可能性がある事を知った。その対策としてはコンビニ決済であり、カード番号も入力する必要がないので、最速だ、という意見をどこかのサイトで見た。
 問題はコンビニでの入金をすぐさま完了させないといけない、という意見を出している方が
いたことだが、それは杞憂で、エントリー完了していれば、入金期日(1週間)までに入金すれば、
全く問題ない、という情報を得た。信越五岳ではコンビニ決済をしよう、とこのとき決めた。


6月5日 信越五岳クリック合戦参戦

15分前にはPCの前に座り、家族には自分が下りてくるまで決して部屋に来ないよう頼んだ。
そして、上記の1~8までを実行した。待機時間は30秒程度だったと思う。
ハセツネの時と比べて、大きく手が震えているのを自覚した。
「落ち着け、落ち着け」と思いながら、完了ボタンを押した。
すると、入力が抜けている箇所があったらしく、赤字で確認をうながされ、
訂正したのちに、再び完了ボタンを押した。

エントリーを受け付けました

そう表示された。勝ったのか?!すぐには信じられなかった。
「でも、まだ安心できない。」
そう思った。なぜなら、以前Runnetのシステムの関係で、一度エントリー完了されたが、
その後、人数オーバーでエントリー却下で返金処理がされた事例がある、と知っていたからだ。
だから、コンビニ決済終了の1週間後までは、本当にエントリーできたかは確信が持てなかった。

受付日時は 20時02分05秒だった。そして20時4分にはエントリーは締め切られていた。
たった4分未満の戦い。それが信越五岳の0次関門の戦いだった。
特に慌てる必要も無かったのだが、すぐにコンビニに走って決済を済ませた。
その後コンビニ入金期限の1週間が経っても、特にエントリーに関する知らせは来なかった。
その時点でやっと信越に出れるのか、という気分になれた。

そういう訳で、9月に信越五岳、10月にハセツネに出場することとなった。
ラン歴実質9か月の私の無謀な挑戦がここから始まる事となった。

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5/1 大人になってから初めて登山をした。
開聞岳である。初心者なので、ハイカーが多い方が
何かあった場合いいだろうし、標高もそれほど高くない
という理由での選択だった。
登山は中学生と高校生の時にそれぞれ1回ずつ、それも
学校行事でしか登ったことがなかったので、
ケガをしたらどうしようかと少々緊張していた。

基本的には将来のトレランが頭にあったので、
極力走るつもりでいたが、現地で登り始めると、
それは叶わない事をすぐに理解した。

足場はガレ場やザレ場が多く、足に力を入れると
石がその場で回転し足をとられそうになった。
とても走れる足場状況ではなかったし、急登だったので、
そもそも私の走力ではすぐに息が上がってしまうのであった。
苦し紛れではあるが、速歩で登ることにした。

ゴールデンウィークでもあり、ハイカーは多かった。
午前11時頃から登り始めたので、下って来るハイカーと
多くすれ違ったし、ときには道を譲ってもらい追い抜くことも
多かった。追い抜くときはもちろん、スピードを緩めて
失礼のないように心がけた。

登山口には登りは成人で3時間、距離は3.5kmと表示されていた。
登山道の幅は狭く、追い抜きが難しい場所もあったので、
ハイカーの後ろでのんびりと進む時間帯もあったが、
1時間半程度で山頂に着いた。

見晴らしの良いところは道中ほとんどなく、
1か所岩場にあった程度であった。梯子や鎖場もあったが、
概ね危険な所は少なく、初心者にはちょうど良い感じの
登山道であった。
山頂には昼時ということもあり、昼食を摂るハイカーが多かった。
座れる場所はごく限られており、あまり場所的に余裕はなかった。
記念に山頂標識と共に写真を一枚とってもらった。

初めての登山だったが特に感動もなく、
うん、登ったな、という感想だった。景色は見晴らしがよく、
気分はよかった。できれば、もう少し走れるところに行きたい、と思った。
近隣の主要な山々に一度くらいは登ってみたいな、という感情も湧いてきた。
感動はない、と書いたが、登山への興味は確実に大きくなってきていた。

近くの山にどんなところがあるのか、全く知らなかったので、
数日後に、山のガイドブックを一冊購入してみた。
また、九州地区でトレイルランニングが開催されていないか調べてみた。
九州最長のトレラン大会は当時、霧島・えびのエクストリームトレイルだったが、
既に募集は締め切られていることを知った。

信越はいつなのだろうと調べてみると、6月5日だと分かった。
「そか、そか、6月5日か・・」
「出てみたいけどなぁ・・・」「でもなぁ、普通完走むりだろ」
素直にそう思った。

私が常識的な思考をすると、傍らから彼がこう耳打ちをする。
「ノータイムポチだよ~ ヽ(・∀・)ノ」
「イヤイヤ、イヤ ないだろそれは。(*´Д`*)ノ」
脳内 小野裕史が私を誘惑するのだ(もちろん、彼に会った事はない)

小「人生そんなに長くないぜ、やれる時にやればいいじゃん!━ヾ(○゚∀゚○)ノ━」

私「だから、来年くらいに足をしっかり作ったあとで (´Д`)」

小「出来ると分かっていることをやっても面白くないジャン (ノ `・∀・)」

小「命まで取られるわけじゃないんだから、やってみればいいのに!(・ω・´ノ)ノ」

小「別に失敗したって構わないんだYO!! ┗(`・∀・´)┛」

そんな風に彼は常にスパーハイテンションで私をそそのかそうとするのだ。
だいたい、私は押しに弱い。明確に断わる理由がないと断れない性質だ。

私「でも、信越ってクリック合戦すごいらしいよ?! (´・ω・`)」

小「じゃあ、来年出れる保証もないんだし、今年からクリック参戦ジャー ('∀'o)ノ」

確かにそれもそうだ。信越五岳は8分くらいの戦いの様である。
人気が凄すぎて0次関門が最大の難所と考える人も多いのだ。

私「よし、わかった。とりあえず、クリック合戦に参戦してみる。
  あとは、0次関門通った後に考えることにする (。・ω・)ノ」
小「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!ツレターー」

人生初のトレランが皆が称賛する信越五岳なんていうのはある意味最高かもしれない。
そんな気持ちになってきていた。

開聞岳に上った後に、今後登山することが多くなるかもしれない、と思い
登山ルートをナビれるアイテムが欲しくなった。
以前からガーミンが気になって気になってしかたなかったのだが、
つい先日エプソンを購入したのは忘れることにして、
Fenix3を手に入れることにした。少々痛い出費だが、
山で道迷いする事を考えれば、安い投資だと思った。

Garminは台湾経由で買えばいい、という情報もあったが、
今一これというサイトがなかったので、
あまり評判は良くなかったが、trekkInnというスペインのサイトを試すことにした。
大抵のトラブルは到着までに時間がかかる、というものだったが、
さほど急いでいなかったし、価格が魅力的だったのでそこに決めた。
Fenix3Jも検討したが、日本語特有の不具合が起こることもあるそうだし、
サポート体制もあまり満足できるものではなさそうだったので、
英語版で十分という結論に至った。
壊れたら余程の事が無い限り修理に出すことはないだろう、と思った。


trekkInnに注文してからは、トラッキングシステムにより、荷物の場所が確認できた。
だいたい2日で発送され、羽田まで1週間、それから税関で4日くらいかかり、手元には2週間くらいで届いた。
税関では消費税ぶんだけ支払い請求された。ハートレートモニターまで付いて
46000円くらいだった。(本体43000+送料1000+税関2000+α)

5月のトレーニングは順調だった。
5月4日からは強度をVDOT42 に上げたが、その後も順調にトレーニングメニューを
消化できていた。5月も月間走行距離を1割増加させ、目標の270kmをクリアした。
ケガも皆無で順風そのものだった。

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以前からよく拝見していたブログがある。
アレキさんの「夢のような夢だ」である。
2012年頃に走っていたときもよく訪問させてもらっていたが、
今回走り出してからも、頻繁にお邪魔していた。
当時、似たような時期に走り出し、似たような走力であったのも
読み続けた理由だが、何よりも文章が面白かったし、
人間らしさの詰まった語り口は時に痛快でもあった。

2012年-2013年当時はアレキさんが幻のサブ4を達成し、羨望の眼差しで
ブログを拝読していた。「私をサブ4に連れてって」などは
ラン仲間と楽しそうに走るアレキさんを想像し、今までも記憶に残っていることに、
少し驚いた。その後、私が走らなくなった為に、マラソンカテを徘徊することも
なくなり、遠ざかっていたのだが、大量に積み重なった数々の記録を
3年ぶりに読み漁っていたのである。

アレキさんは当時からハセツネに強い興味を持っていたようだ。
いや、トレランというものに全く知見はなかったが、
ブログ仲間と交流するうちに、山へ行き、その素晴らしさに徐々に虜に
なっていった、という方が正確かもしれない。ブログのどこかで
もうロードはどうでもいいけど、トレイルにはいきたい、みたいな事を
書かれていたような気がする。実際、アレキさんはハセツネに後に参加される
ようになったのだが、いつもリタイアする理由を序盤から探しており、
なんでまたハセツネにエントリーしてしまったのだろう、二度と出るものか、
次の関門に着いたらそこでリタイアを宣言するのだ、と繰り返すが、
いつも仕舞には完走してしまう、というお決まりのパターンが出来上がっている。
そして、その思考はいつも全うで、きっと自分も参加したら同じ思考になるだろう、
と思いながらもいつも楽しく読ませてもらっていた。

そんな彼が書く作品の中でも異色だったのが、信越五岳である。
110kmの走れるトレイルを22時間で完走するウルトラトレイルだ。
いつも逃げの一手を打ち続けるアレキさんが、この記事だけは違った雰囲気を
醸し出していた。気持ちは常に前向きで、どこまでやれるか分からないが、
とにかく頑張ってみる、完走をして風穴を空けたい、とまでレース前に言っていた。
そんな記事を今年の4月に読んだのだ。
そして、そのレースレポを読み切ったあとの私はいたく感動し、
私もそんな大冒険をしてみたい、と思うようになっていた。
まだ、サブ4も達成していない私のような者にとっては、
110kmのウルトラトレイルは文字通り大冒険だ。もちろん、トレランの経験なんて全くない。
それでも、なんだかそのレースに無性に出たくなっていた。

そして、信越五岳について少し調べると、ほとんどの参加者がこの大会を素晴らしいと
称賛しているのである。9割以上そういう意見だった。
「もう一体どうなってるのだ?!110kmも走って素晴らしいなんて?!
普通、2度と出るもんか!でしょ?!」
大体、トレイルランニングという言葉すらしらなかったし、ハセツネってなにソレ?
っていう無知さであったが、彼の完走記を読み終えた後は、
いつか私もそんなレースに参加したい、という気持ちに変わっていた。
しかし、現実的にはウルトラマラソンさえ出場したことすらない私にとっては
それは余りにも無謀という他なかった。
「いつかは信越五岳!でも、その前にまずは走力をなんとかせねば。。
少しずつ山で練習してそれからでしょ。」
と気持ちは残しながらも近いうちに参加することは考えられなかった。

練習は順調に進んでいた。VDOT41でのトレーニングも余り苦も無く続けられていた。
4月の目標は月間走行距離 230kmであったが、ラン197km、自転車148kmを走っており、
自転車を1/3換算すれば余裕で目標をクリアしていた。
14kmのMペース走もクリアできていたので、もう一段階レベルを上げよう、
と目論んでいた時期だった。

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