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kpinkcat(モモネコ)

Author: kpinkcat(モモネコ)

2009年1月からジョギングを開始するも、
数か月すると走らなくなる。
3年ごとにブームが訪れ、今回3度目。
2015年に過去最大重量を記録した
のをきっかけに再び走り始める。
今度こそ、過去最速を目指したい。
自分を取り戻す旅。。。

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問題はいつ足が止まるか、だった。
練習では25kmを超える辺りから膝痛が強くなり、
足が完全に止まっていた。
30km走も一度も成功しなかったので、
距離に不安を感じながらの走行だった。

25kmは無事に通過した。
27km地点で3個目のジェルを補給した。
これが最後の補給だった。
今回はジェル以外には何も持たなかった。
そして30kmを3時間5分で通過した。

熊本城30k

30kmを過ぎてもまだ余裕はあった。
心拍は160-165/min 程度に上昇していた。
これまでずっと5分55秒/km程度のペースで推移していたが、
じわじわと心拍が上昇してきていた。
きっと、筋肉内のグリコーゲンが消費されるにつれて、
脂肪を燃やすための酸素需要がじわじわ増加しているのだろう、
と思った。
予定では余裕があれば30kmからペースを上げるつもりだったが、
残り10kmまで様子を見ることにした。
心拍はそれほど余裕があるわけではない、と示していたからだ。

走りながら、「30km過ぎで一番速く走るマラソン」という
フレーズが幾度も繰り返されていた。
当時まだ未読であったが、小出監督の意図するものは
漠然と理解しているつもりだった。
世界のレースは近年ネガティブスプリットの傾向にあるし、
余力を残さなければ、生理学的にも妥当な理論だと思っていた。
もちろん、「余力を残さなければ」というのが
と~~~ぉっても難しい事とは感じてはいるが。
とにかく、やれるところまで全力で行きたい、という思いは強かった。
現時点での自分の限界を知りたかった。

33km過ぎでペースを上げた。ペースを上げたといっても、
高々5分35秒-50秒/km 程度だ。それでも、両足に込める力は強くなり、
それにつれて、心拍数も次第に170bpmを超えた。
少し息苦しくはあったが、攻める体力が残っていることに嬉しさを感じながら走った。
この辺りの距離ではほとんどのランナーがペースを落としていた。
平均ペースで走れているだけでも、自然とごぼう抜き状態になる。
抜けばまた力も湧いてくる。粘れるだけ粘って、このままゴールしたい、
と願いながら走った。

熊本城40k


そしてその時は来た。パタリと足が止まった。40kmを少し過ぎた地点である。
力を込めても、力が地面に伝わらず、スピードは維持できなくなった。
走ろうとしても、足がついて来ず、心拍は170bpmから165bpmへと少し下がった。
ペースは6分/kmを割った。同時に、コースは熊本城を目前に次第に傾斜を増し、
多くのランナーが最後の上り坂に苦しんでいた。
必死にペースを維持しようとした。たとえ、足が残っていたとしても、
最後のこの坂ではペースを落とすことになったに違いない。
始めて走るコースなので、上り坂があとどれくらい続くかわからなかったが、
とにかく残りあと5分もすればいずれゴールするのだ、と自分を鼓舞し登り続けた。
最後の短い急登を超えて平坦な道となり、右折するとそこにゴールゲートが現れた。
ゴール寸前にスマホを取り出しゲートの写真を撮った。
タイムは4時間18分を過ぎていた。

熊本城Finish


ゴールゲートを通過し、コースを振り返ってお辞儀するランナーを見て、
自分も慌てて、振り返ってコースに一礼をした。
「そうだよね、感謝しなきゃ。ありがとう。」

前日、ゴールゲートなどはまだ夕方になっても完成していなかった。
前日昼まで雨の為、急ピッチの準備がなされていた。
ゴール前広場は雨のために芝生は水たまりとなり、ぬかるんでいたのだ。
当日は文句ない快晴だった。多くのスタッフと素晴らしいレース日和に感謝した。

ネットタイムは4時間11分台だった。
自分としては最高のレースだったと思う。実力は全て発揮できたレースだった。

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