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kpinkcat(モモネコ)

Author: kpinkcat(モモネコ)

2009年1月からジョギングを開始するも、
数か月すると走らなくなる。
3年ごとにブームが訪れ、今回3度目。
2015年に過去最大重量を記録した
のをきっかけに再び走り始める。
今度こそ、過去最速を目指したい。
自分を取り戻す旅。。。

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3Aを出てからは関川沿いを走ることになる。
周りに日差しを遮るものはないので、例年暑さとの戦いになるようだが、
今年はその心配は全くなかった。
この先、どれだけ走れる区間があるかわからないので、
あと10分なんとかせねば、という思いで走った。

しかし、ダラダラ登りと皆は表現するが、この道結構な坂もある。
7.5kmで190m程登る。前半はそれなりに走れるが、後半は結構きついのだ。
早々に関川を全部走るのはあきらめ、心拍数をみて走る事に決めた。
心拍が155bpmまで上がったら歩き、143bpmくらいまで下がったらまた走ることにした。
100数える機械になったアレキさんと、心拍見て走る私とでは
どっちが速いのか、などと考えながら走った。
「きつくても、なんとしてでもネコさんのところまで行かなきゃ。」
その一心で走った。それでも足は重く走っても8分/km程度だった。
「ここまで巻き込んで、走ってもらわない訳にはいかないでしょ。」
と自らを鼓舞して走った。

関川の橋を渡るところでは、石川弘樹ばりにR2さんが出没し、応援してくれた。
私も必死に手を振って応えた。

橋を渡るとトレイルだった。A3までのドロドロトレイルよりははるかにマシだったが、
それでも急な登りでは強く踏み込まねばならなかったし、
下りでは慎重に進むしかなかった。
A3以降は下りで脱力しながら、走って呼吸を整える算段だった。
しかし、今は登りも下りも神経を使い、平地は走らねばならなかった。
休まるところが全くないのが雨の信越五岳だったのだ。

平地での貯金は登りと下りで全て持っていかれた。
せめて、下りで借金しなければなんとかなるのに、と吐露するだけだった。
トレイルの坂を登りきるとあとは下りだった。

坂を登りきる手前では靴の中で左足の薬指がつった。
なんか、薬指が変な方向むいてご機嫌ななめ。
でも、いいか、無視してればそのうち機嫌が治るだろうと、無視した。
いままで、指がつって無視した経験はなかったが、断固無視した(笑)。
そうすると相手もつり飽きた様子で大人しくなった。
「お、無視してもなんとかなるのな。」
不思議な体験だった。もちろん痛いのだが、他にも痛いところがあるので、
そんなものかまってられなかったのだ。

下りになり、ちょっと走れるトレイルになってきた。
すると今度は左足の中指と人差し指が同時に反乱を起こした。
今度もガン無視すると、それもしばらくすると落ち着いた。
「自分でやっててなんだけど、つったの無視するって、なんなの?
 しかも勝手に治るしw」
もうわけわからない足の状態だったようだ。
小さな指たちの反乱が治まった頃、エイドに着いた。
そこにはR2さんがまたもや待っており、手を振ってくれていた。

4A 51.4km  IN 9:30 (予定 9:00)OUT 9:35
(実際の時刻は7分遅れています)

手を洗い、トイレを済ませ、またもや大量のバナナを放り込んで
すぐさまエイドを抜けた。
エイドの出口ではR2さんが手を振って応援していてくれた。
「絶対に最後まであきらめません!」
そう思いながら私も大きく3回腕を突き上げるようにして応えた。



4Aを出るとすぐ急登となり、林道へと続いていた。
この林道が結構急で歩くほかなかった。
走り出したいが、30mも登るとすぐ息が切れそうになった。
今のうちに食べておけ、とずっとザックで眠っていた朝食のパンを食べた。
走れる時に走る為、補充、補充ともぐもぐ口を動かしながら登った。

数人に林道で抜かれ、数人追い抜いた。
自分は同レベルでは登りは強い方ではないか、と思っていたが、
どうやらそうではなかったみたいだ。
もっと登れる強い体が必要だな、と心に刻んだ。

林道を抜けるとまた走れそうなトレイルとなった。
しばらくは走れたのだが、時折急な下りが入る為、
どうしてもペースアップできなかった。
「せめて下りで走れたら・・・」
何度もそう思った。岩場になってからも下りのトレイル状態は悪化する一方で、
関川に下る坂は慎重に下りざるを得ない状況だった。

関川の橋に到着すると、1人ずつ渡らなければならなかった。
前に2人並んでおり、順番をまった。
後から女性が一人下りてきて、私の後ろに並んだ。
「あと20分くらいですよね?関門まで。」
と問いかけると、その女性は少し苦虫をかんだような表情で
「そうですね」とだけ答えた。

つり橋を渡り、急登を上がると名物の土管が見えた。
発電設備らしいが、水でも流れるのだろうか。
その脇の九十九折りの登りには、人工マットが敷かれており、滑ることはなかった。
登りは急だったが滑らなかったので、今までの登りより遥かに登りやすかった。
「やはりか。滑らないと、こんなにも楽なのか。」
全てはその登りで悟った様な気持ちになった。

雨がなければ、登りで足を使うこともなかっただろうし、
下りであれほど慎重に下りずとも、楽しく駆け下ったのだろう。
でも、全ては私の力不足。なんだろうなぁ。やはり無謀だったのだろうな。
でも、後悔はないよ。来てよかったよ。
惜しむらくは、ネコさんと一緒に走るという願いは・・

残りはあと2km程だった。残りあと10分となった。
5分/kmの速さで2kmなど、今から走れるわけがなかった。
それでも走らずにはいられなかった。
走った。
走った。
一生懸命走ったが、たぶん8分/kmよりも遅かったと思う。
まだまだ坂が急でスピードなんか出なかった。

あと残り3分・・間に合わないけどそれでも走ろう。
そして、前に2人で歩いているランナーに追いついた。
彼らは不意に話しかけてきた。
「残念でしたね。」
まだ、関門時間を超えていないのに、と思った。
(本当は時計が7分ずれていたので関門時間は過ぎていた)
「関門が30分繰り上がって、17:00までだったらしいですよ。」
「関門繰り下げ期待していたのに、まさかの30分繰り上げですからね」
そうだったのか、もう30分も前に閉鎖時間は過ぎていたのか。
一気に力が抜けるのを感じた。もう、走る気力がなかった。
走っても体が凄く重たかった。

アレキさんのブログを読んで信越五岳に出てみたい、と思った事。
無謀にもクリック合戦に参加して、ハセツネにも出ることになった事。
ネコさんにペーサーを引き受けてもらって、とてもうれしかった事。
色々な事が頭を駆け巡った。
しばらくするとR2さんもやってきて、
「残念でしたね。頑張りましたよ。」
と声をかけてくださった。
そのまま歩いて5Aに向かった。
力不足は感じていたけど、それでも悔しかった。
いろいろな感情が駆け巡り、年甲斐もなく涙が出そうになった。
一番悔やまれるのは、ネコさんを待たせるだけになったこと。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そしてA5に着いた。時計は12:22を示し、low batteryの表示が出ていた。

ネコさんは表情を変えず、こちらに向かってきてくれた。
ネコさんの手を握った。
「ホント、済みません。折角ネコさん受けてくれたのに。
俺、ネコさんが受けてくれて凄まじく嬉しくて、
練習も自分なりに一生懸命やって・・・できる限りのことしたのですが。
本当にすみません。」
自分の顔がしわくちゃになっているのが分かった。
謝っている間、強く手を握りしめた。
ネコさんも強く握り返してくれた。

「まあ、今回は仕方ないよ。サブ3近いタイムの人でも、
関門切られている人もいたし、厳しいのは確かだったからね」
優しくそう言ってくれた。
「女性は特に厳しかったみたいで、馬力があって登れる男は大丈夫みたいだったけど
女性はほとんどダメだったみたいだよ。」

私の事は一切とがめることをせず、最後まで懐の深いネコさんだった。
手を強く握り返してくれた時には少しうれしかった。
もちろんいままでもそうだったけど、この人は信用しても大丈夫だと思った。

「俺、来年も出ます。このままじゃ終われません。」
ネコさんはうなずいて、手を強く握りしめてくれた。

こうして私の信越五岳は終わった。

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